ノンテクニカルサマリー

日本における労働分配率の決定要因分析

執筆者 羽田 翔 (日本大学)/権 赫旭 (ファカルティフェロー)/井尻 直彦 (日本大学)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

20世紀では、欧米諸国において労働分配率は一定の水準で安定的に推移していると考えられてきた。ところが、近年の研究では多くの欧米諸国において労働分配率が低下傾向にあることが指摘されている(Karabarbounis and Neiman 2014)。この労働分配率の低下は、労働者の待遇が上昇されていないどころか、下落していることを示している恐れがあり、経済政策的に重要な課題となっている。一般には、資本から所得を得ている者の数は、労働者数よりも少ないと考えられることから、労働分配率の減少は所得格差の拡大を意味しているであろう。このように所得格差の拡大が指摘される中で、先の欧米諸国の分析結果と同様に、日本の労働分配率も短期的な景気変動の影響を受け上下しているが、2000年代以降において低下傾向にあることを示す報告が多くなっている(阿部・Diamond 2017)。

図 労働分配率の変化の分解
図 労働分配率の変化の分解
出所:経済産業省企業活動基本調査の調査票情報を基に筆者作成。

まず、先行研究によれば先進諸国の労働分配率は2000年以降減少傾向にあるとされているが、本研究は、日本の労働分配率が2006年から2010年の期間において上昇し、2010年以降に減少傾向にあることを示している(図参照)。

労働分配率を低下させる要因として、これまで代表的な先進国に関して次のような仮説が検証されている。例えば、労働分配率の低下は、①オフショアリングや安価な輸入品の影響とするグローバル化仮説、②AIやロボットなど資本が労働を代替した影響とする技術革新仮説、③労働節約的な巨大IT企業が急速に規模を拡大し市場占有率を高めた影響とするスーパースター企業仮説、④株式配当を重視する外国人投資家の増加の影響とするコーポレート・ガバナンス仮説、⑤派遣・請負等の人件費支出に含まれない労働者の増加による影響とする非正規雇用仮説などの仮説が検証されている。しかし、先行研究において対象となる期間、国、産業などによって結果が異なっているため、労働分配率の決定要因について研究者間に合意があるとまでは言えない。そこで本論文では、これらの先行研究の結果に基づき、2006年から2015年までの日本の経済産業省企業活動基本調査の調査票情報を用いて日本企業の労働分配率に影響を及ぼした要因を実証的に明らかにすることを試みた。

本研究は、2009年から2015年における日本企業を対象とする実証分析から、日本において労働分配率を低下させた要因を明らかにした。まず、先行研究と同様に、実質賃金の下落、技術進歩、資本労働比率の上昇は労働分配率の低下要因となっている。しかし、当該期間においてグローバル化が労働分配率を低下させているという結果は得られなかった。次に、産業用ロボットをより多く導入している産業では、労働分配率が低下傾向にある。そして、雇用の非正規化は労働分配率の低下要因である。一方、研究開発集約度は、労働分配率を上昇させる要因である。

これらの結果は、日本企業の労働分配率を上昇させるためには、研究開発投資の促進、産業ロボットやAIなどの新たな技術開発やその利用を支える高等教育や労働者の再教育支援の拡充、そして非正規雇用から正規雇用への移行支援などの政策の必要性を示唆している。

参考文献
  • Karabarbounis L. and Neiman, B. (2014). The Global Decline of the Labour Share. Quarterly Journal of Economics, 129 (1), pp.61-103
  • 阿部正浩、Diamond, J. (2017)「労働分配率の低下と企業財務」『内閣府経済社会総合研究所『経済分析』』第195号、9-33.