執筆者 | 佐々木 隆文 (中央大学)/花枝 英樹 (一橋大学) |
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研究プロジェクト | 企業統治分析のフロンティア |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
融合領域プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業統治分析のフロンティア」プロジェクト
本研究では日本企業を対象にESGへの取り組みから期待される効果などについて企業の意識・考え方を聞くサーベイ調査を行った。サーベイ調査は2019年夏に行った。表1は回答を得た事業会社253社について環境、従業員、社会(従業員以外)、ガバナンスの4分野について分析結果をまとめたものである。表の点数は5段階で0が最もネガティブな回答、2がニュートラル、4が最もポジティブな回答を示す。ESGに積極的な企業ほど回答率が高くなる可能性があるためセレクションバイアスの影響は払拭できないが、4つのカテゴリーすべてにおいて平均得点が2を大きく上回っていることはESGへの取り組みが利益を犠牲にしたものではないことが示唆される。また、将来の利益の安定性への影響を見ると、全ての項目において将来の利益水準への影響よりも平均得点が高くなっており、ESGへの取り組みから得られる効果としてリスクの低減が重要であることを示している。この結果は環境や社会問題への取り組みが株式の資本コストを低下させたり不況抵抗力を向上させたりするという先行研究の傾向と符合する。
サンプルを規模によりサブサンプルに分けた分析では、企業規模が大きい企業で平均得点が高い傾向が見られた。大企業にはグローバルに活動している企業が多く、欧米で要求される社会的責任に対する意識が強くなると考えられる。
各カテゴリーを構成する項目について見ると、従業員向けCSRでは従業員の能力開発、安全な労働環境などに加え、フレキシブルな働き方、男女均等、ワークライフバランスといった最近のCSRで注目されている項目についても利益水準を高め、利益を安定させるとの回答が多かった。また、雇用の安定についても将来の利益への影響を肯定的に捉えている企業が多かった。
環境については、原材料の節約、廃棄物削減など直接、コストの削減につながる項目のスコアが高かった。最も重要なテーマと思われる地球温暖化対策に関しては企業属性によって差があり、製造業や大企業では将来の利益の安定性に影響を及ぼすと考えている企業が多かった。
社会(従業員除く)に関しては全般的に平均得点が低めになったが、それでも全ての項目でニュートラルより肯定的な結果となった。人権の尊重、倫理的な調達に関しては大企業で将来の利益の安定性に影響を及ぼすと考えている企業が多く、グローバルに活動している大企業ではサプライチェーンにおける格差問題への対処が経営リスクの低減につながることが示唆された。
ガバナンスの各項目に関しては、機関投資家との対話、後継者育成計画に加え、取締役会の独立性、多様性が将来の利益水準、利益の安定性の向上に寄与すると考えている企業が多いことが分かった。その一方、任意のものを含む指名委員会、報酬委員会への期待はそれほど高くないことが分かった。
本サーベイではESGへの取り組みがステイクホルダー行動に及ぼす影響についても質問を行ったが、環境、従業員、社会、ガバナンスの全てにおいて、消費者行動、従業員行動、投資家行動に良い影響を及ぼすと考えられていることが分かった。このことは先行研究が示唆するようにステイクホルダー行動の改善がESGと企業パフォーマンスとを結ぶ重要な経路となっていることを示唆している。
最後に本サーベイでは外部からのESG評価に関する質問も行ったが、日本企業は国内機関投資家からの評価を最重要視してESGに取り組んでいることが分かった。次いで従業員、取引先からの評価を気にしていることが分かった。また、その一方、第三者によるESG格付けに関しては、回答への負担や評価機関による評価の不一致を問題視する意見が数多く多く見られた。日本企業がESGに積極的に取り組むためにはESG評価がある程度収斂していくことが望ましいと考えられる。
