ノンテクニカルサマリー

旅行と新型コロナ感染リスク:第三波前の個票データによる分析

執筆者 中田 大悟 (上席研究員)
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

旅行と新型コロナ感染拡大の関係については、政策上のホットイシューでありながら、はたして旅行という経済行動が感染拡大にどのように寄与をしたのかについては、未だによく分かっていない。そこで本研究では、2020年10月末に独立行政法人経済産業研究所の研究プロジェクト「新型コロナウイルスの登場後の医療のあり方を探求するための基礎的研究」の一環として行ったインターネット調査2020年度「新型コロナウイルス流行下における心身の健康状態に関する継続調査」の結果(有効回答数16,642)をもとに、旅行が新型コロナ感染に与えた影響についての定量的検証を行っている。

アウトカム指標は、「新型コロナ感染と診断された」「発熱」「咳」「のどの痛み」「だるさ」「息苦しさ」「味覚・嗅覚の障害」「下痢」の8つとして検証した。自己申告データではありながら、新型コロナ感染有無を情報として含むデータは、現時点では非常に貴重である。

分析には、モデリング誤設定からのバイアスに比較的頑健とされる傾向スコア分析を用いた。特に、2020年8月および9月に帰省を含む一泊以上の旅行を行ったか否かを処置変数とする場合の、逆確率重み付き推計による平均処置効果(ATE)推定と、傾向スコアマッチング推計による処置を受けた人の平均処置効果(ATT)推定を行った。

分析結果のうち、新型コロナ感染経験の有無に関する、逆確率重み付き推計による平均処置効果(ATE)推定の結果が次の図に示されている。横軸上には、分析に用いたサブサンプルの種類が示されており、左から
✓「全サンプル」
✓「若年世代(10代から30代)」
✓「中年世代(40代50代)」
✓「老年世代(60代70代)」
✓「男性」
✓「女性」
✓「感染拡大地域(北海道、東京、神奈川、千葉、埼玉、愛知、福岡、沖縄)在住」
✓「非感染拡大地域在住」
✓「一週間に一回以上、仕事以外の知人、親族、友人などと直接の面会を行っている人たち」
✓「仕事以外の知人、親族、友人などと直接の面会を一週間に一回以下にしている人たち」
についての結果である。また、エラーバーの上下幅は95%信頼区間を示しており、0と交差していなければ、新型コロナ感染経験に旅行が5%有意差の平均処置効果を与えていることを意味している。この分析結果は、先行研究(Miyawaki et al. 2020、越智他2020)が示したとおり、旅行は新型コロナ関連の感染症状の発現や、新型コロナ感染経験と、平均的には、正の相関関係にあることを再確認するものとなっている。

図

ただし、この旅行の感染リスクを、国民全体の平均的な効果として捉えるのではなく、属性別に分析することで、旅行がどのような人にとって高リスクであったのか、もしくは低リスクであったのか理解する上での、足がかりを得ることができることを、上の図は示している。ここからは、旅行の感染リスクが高いのは、若年、男性、感染拡大地域在住、友人知人との直接接触が多い、という属性を持った人たちであるということが分かる。逆に、老年世代、女性、非感染地域在住、知人との直接接触を抑制、という属性の人たちにとっては、旅行は相対的には低リスクであったと考えられる。

ここから、政策的な含意が読み取れるだろうか。まず、旅行が感染リスクにつながることは、平均的には確かなことであるから、終息前に実施するのであれば、より低リスクの旅行が推進されるように、Go Toトラベルキャンペーンを運用すべきであろう。例えば、旅先での行動抑制の啓蒙的活動について、もっとリソースが割かれるべきだったかもしれない。また、これは推測ではあるが、老年世代の感染リスクが低いのは、この世代には引退世帯が多いことから、平日などの、比較的混雑が避けられるタイミングで旅行を実施できた可能性が高かったからかもしれない。Go Toトラベルに曜日や休日別の補助条件が付けられれば、より安全だった可能性がある。

最後に、分析の限界と注意点について述べる。

本研究で用いたインターネットアンケート調査はランダムサンプリングではないことから、分析に一定のバイアスが混在することは避けられない。特に、新型コロナ感染の経験があるという自己申告のデータについては、それが調査時点での全国的な感染確認者人口比率と比べて著しく多いことから、効果量について相当程度の上方バイアスがかかる可能性がある。ただし、その場合においても、属性別の効果量の差異については、一定の政策エビデンスの意義をもつだろう。

また、本稿で分析しているのは、旅行が、その旅行した本人の新型コロナ感染や感染症状発現について与えるリスクのみを評価していることにも注意が必要である。例えば、旅行が地域的、もしくは全国的な感染拡大にどれほどの定量的効果をもつかは、本分析の結果からは何も言えない。

さらには、本研究は2020年8月から10月にかけての情報を用いて分析を行っている。したがって、第三波発生後の状況にどれだけの妥当性をもつかは不確実である。

上記の注意点について留意が必要なものの、本研究の分析結果が政策評価の議論に寄与するものとなれば幸いである。

参考文献
  • Miyawaki, Atsushi, Tabuchi, Takahiro and Tomata, Yasutake and Tsugawa, Yusuke, 2020, “Association between Participation in Government Subsidy Program for Domestic Travel and Symptoms Indicative of COVID-19 Infection,” medRxiv, doi: https://doi.org/10.1101/2020.12.03.20243352
  • 越智小枝・関沢洋一・宗未来, 2020, 「2020年8月か9月に旅行に行った者は新型コロナウイルス感染と診断されやすかったか?」, RIETI Discussion Paper Series 20-J-043, 独立行政法人経済産業研究所, https://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/20120002.html