ノンテクニカルサマリー

カーボンを輸送する?国際輸送を考慮した場合の正と負の炭素リーケージ

執筆者 東田 啓作(関西学院大学)/石川 城太(ファカルティフェロー)/樽井 礼(ハワイ大学マノア校)
研究プロジェクト グローバル経済が直面する政策課題の分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル経済が直面する政策課題の分析」プロジェクト

ある国で地球温暖化対策としてカーボンプライシングを導入した場合、カーボンリーケージが生じる可能性がある。とくに、国境を越えるカーボンリーケージが生じると、その国でカーボン排出量が減ったとしても海外でのカーボン排出量が増え、場合によっては世界全体の排出量が増加する可能性すらある。

先行研究では、越境カーボンリーケージが生じる主要因として以下の3つを挙げている。1)カーボン集約財の輸出国あるいは輸入国がカーボンプライシングを導入すると、化石燃料の世界価格が下落し、他国での化石燃料の消費量が増加し、そこでのカーボン排出量が増える。2)ある国でカーボンプライシングが導入されると、その国から排出規制のそれほど厳しくない国へ企業(生産プラント)が移転し、そこでのカーボン排出量が増える。3)カーボンプライシングが導入された国のカーボン集約財生産企業の競争力が低下し、海外のカーボン集約財生産企業の生産量が増えることで、そこでのカーボン排出量が増える。

これらの要因では、国際貿易とFDI(海外直接投資)が重要な役目を果たしている。実際、排出規制の効果をグローバルな視点で分析する研究では、何らかの形で国際貿易やFDIを考慮したものが多い。しかし、国際貿易とFDIに大きな影響を及ぼす輸送セクターをカーボンプライシングの分析において明示的かつ厳密に考慮した先行研究はほとんどない。輸送をモデルに組み込んだとしても輸送費を外生的に与えているものがほとんどである。

また、国際輸送自体が排出するカーボンの量も実は無視できない程大きい。国際海事機関(International Maritime Organization: IMO)によると、2018年には国際輸送によって約9億2千万トンのCO2が排出されたが、その量は世界で6番目に排出量が多いドイツを上回った。2016年に発効したパリ協定では、国際輸送からの排出に関する具体的な目標設定などはなされなかったが、最近、国際輸送に関わる温暖化対策の表明が相次いでいる(表を参照のこと)。

表:輸送セクターに関わる温暖化対策の最近の動向
表:輸送セクターに関わる温暖化対策の最近の動向

以上を背景として、本稿は、国際輸送セクターを明示的にモデル化することにより、国際輸送及び貿易財の生産・消費からのカーボン排出に対するカーボンプライシングの効果を理論的に分析している。国際輸送の量や料金が内生的に決まることで、国境やセクターを越えるカーボンリーケージの新しいメカニズムを説明できる。

カーボンプライシングの有効性は、バックホール問題(つまり、アウトバウンドとインバウンドの輸送量が均衡しないという問題)が存在するかどうかによって異なる。バックホール問題がない場合、カーボンプライシングは、世界のカーボン排出量を必ず削減するため、効果的である。バックホール問題があると、財消費におけるカーボンプライシングは有効だが、財生産におけるカーボンプライシングは国境を越えた炭素リーケージをもたらす。ただし、このリーケージは、輸送費が内生的に決まる場合に緩和されることになる。FDIの機会の有無も、カーボンプライシングの有効性にとって重要である。本稿は、輸送部門のカーボンプライシングが、輸送企業の戦略的行動によってカーボン排出量に全く影響を与えない可能性を指摘している。また、ある国で財生産におけるカーボンプライシングが導入されると、その国で財生産がない場合でも、輸送企業の戦略的行動の結果、外国での排出量を減らす可能性があるという興味深い結果を導いている。

したがって、カーボンプライシング立案の際には、国際輸送セクターの状況を把握する必要が重要である。とくに、バックホール問題は、輸送の効率性のみならず、カーボンリーケージの有効性を損ねることに十分注意すべきである。カーボンプライシングと同時にバックホール問題を解消するような政策を採ることができると、カーボンプライシングの有効性は高まるだろう。