ノンテクニカルサマリー

国際貿易を考慮した炭素排出量の共有責任基準による評価

執筆者 Palizha AIREBULE(三井住友信託銀行)/成 海涛(一橋大学)/石川 城太(ファカルティフェロー)
研究プロジェクト グローバル経済が直面する政策課題の分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル経済が直面する政策課題の分析」プロジェクト

1992年に採択された国連気候変動枠組条約に基づき、1995年から毎年国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)が開催され、1997年のCOP3で採択された京都議定書及び2015年のCOP21で採択されたパリ協定では、参加国は排出削減の目標値を設定した。たとえば、日本はパリ協定のもとで、2030年までに2013年度比で排出量を46%減少させ、2050年にカーボンニュートラルを達成することを目標としている。これらの排出削減は日本国内のみでの排出をターゲットとしたものであり、たとえば日系企業が海外で排出した分はカウントされない。

このような削減目標の設定について、「先進国が自国の排出削減を進める陰で、新興国や途上国に排出を押しつけている側面がある」(総合地球環境学研究所金本圭一朗准教授、日本経済新聞2021年10月31日)といった指摘がある。つまり、先進国が、生産拠点を海外に移転する、あるいは、海外の企業に生産委託することで、自国内での排出を海外に移転しているというものだ。そこで、現行の生産者の視点で排出量を測定する「生産者責任(PR)」基準ではなく、消費者の視点で排出量を測定する「消費者責任(CR)」基準を推す研究者もいる。しかし、CRのもとでは、国際貿易がある場合、生産国企業に排出量削減誘因があまりなく、また海外で生産している企業の排出量に制限をかけることも難しい。そこで、PRとCRのハイブリッド方式、すなわち、生産者と消費者の両方が責任を共有するという「共有責任(SR)」基準が考案されている。大まかに言うと、SR基準は、PR基準とCR基準の加重平均である。したがって、そのウェイト(加重)をどのように決めるかが重要となる。既存研究では、外生的に与えるケース(たとえばアドホックに半分ずつにする)と内生的に導出するというケースがある。

本研究では、世界のカーボン排出量が最も多い5カ国(中国、米国、インド、ロシア、日本)のSRを国レベルと56のセクターレベルで導出して分析する。ここでは、加重平均のウェイトを付加価値に比例させている先行研究に従い、計算には産業連関表を用いる。ただ、先行研究と違い、多地域間産業連関モデル(MRIO)を用いることで、より現実に即した導出を行う。また、データは、2016年にリリースされた世界産業連関データベ-ス(WIOD)とその環境勘定を用いる。

5カ国の2002年から2014年のPR、CR、SRを国レベル(表1)とセクターレベルで分析し、以下のような結果を得た。

  1. 中国・インド・ロシアではPRがCRを上回り、逆に米国と日本ではCRがPRを上回る(図1参照のこと)。このことは、各国のSRに対する3つのソース(国内需要・輸出・輸入)の貢献割合にも反映されている(図2参照のこと)。
  2. その時期、中国とインドの排出量は、SR基準で評価すると、それぞれ157%と116%も増加した(図1参照のこと)。その主な理由は、中国では経済成長、とくに輸出の増加であるのに対し、インドではカーボン集約的な生産技術である。
  3. 2014年の中国のSRに貢献している主な輸出先はEU・米国・日本となっているのに対し、ロシアのSRに貢献している輸出先はEUが大きなシェアを占める。また、米国と日本のSRに貢献している主な輸入先はそれぞれEU・カナダ・中国・メキシコと中国・EU・米国・韓国となっている。このことは、米国や日本からこれらの国々にカーボンリーケージが起こっていることを示唆している。
  4. 5か国とも“Electricity, gas, steam and air conditioning supply”セクターの排出が断トツに多く、SRに占める割合は40%を超える。そのセクターでは、生産もカーボン集約度も高い。中国ではSRにおいて輸出の貢献分が大きいのに対し、米国では輸入の貢献分が大きい。また、インドのカーボン集約度は群を抜いて高い。
  5. “Electricity, gas, steam and air conditioning supply”に“Manufacture of basic metals”、“Manufacture of other non-metallic mineral products”、“Manufacture of chemicals and chemical products”の3つのセクターを加えるとSRに占める割合は5カ国とも60%を超える。

なお、ほとんどの既存研究では、産業連関表の性質上、家計消費からの排出を含めてない。本研究でも主要な分析は家計消費からの排出を除いたが、それを含めた分析では、米国の排出シェアが相対的に上がるという点を除いては、主要な結論にはほとんど影響を及ぼさないことを示した。

本研究は、今後カーボン排出削減の責任を誰が担うべきなのかを議論する際に一石を投じるものである。SR基準によれば、米国や日本はより責任を負う必要があるだろう。また、SR基準が確立されて浸透すれば、先進国から途上国への削減技術移転が促されるだろうから、2国間クレジットメカニズムといったようなものも必要なくなるであろう。

表1:5カ国のカーボン排出量の世界全体排出量に占める割合
表1:5カ国のカーボン排出量の世界全体排出量に占める割合
図1:5カ国のPR・CR・SR (CO2 million tons)
図1:5カ国のPR・CR・SR (CO2 million tons)
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図2:各国のSRに対する3つのソースの貢献割合(2014年)
図2:各国のSRに対する3つのソースの貢献割合(2014年)