ノンテクニカルサマリー

東アジアの企業とヨーロッパの企業―同志か、それとも競争相手か

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「East Asian Production Networks, Trade, Exchange Rates, and Global Imbalances」プロジェクト

円その他の通貨の下落は、日本や他の国の企業にどのような影響を与えるのか。日本の輸出企業が為替レートを外貨建て価格に転嫁した場合、輸出量が増加するはずである。日本の輸出企業が外貨建て価格を一定に保った場合、円換算での利益率が増加するはずである。いずれの場合も、これらの企業の収益は増加するはずである。日本の輸入競争企業が、円安は外国企業による円建て価格の引き上げをもたらすと判断した場合、日本製品と競争する輸入品の量は減少するはずである。日本の輸入競争企業が、円安は外国企業による円建て価格の一定維持をもたらすと判断した場合、外国企業の利益率は減少するはずである。いずれの場合も、日本市場における外国企業の日本企業に対する競争力が低下するはずである。

国内企業は、外国企業と競争だけではなく協力することもある。日本企業は、外国企業の投入物となる部品やコンポーネント、一次産品、資本財を供給する一方で、外国企業から投入物を購入している。円安が発生すると、外国企業はこれらの投入物をより多く購入するか、同じ量をより低いコストで購入するか、あるいはより高品質の輸入投入物を購入することができる。外国企業は、円安から恩恵を受けることになる。

為替レートの変動が企業の収益性に与える全体的な影響を調べる方法の一つが、為替変動の株価への影響を分析することである。ファイナンス理論では、株価は将来のキャッシュフローの期待現在価値に等しいとしている。国内企業が外国企業と競争している場合、競争相手の通貨に対する自国通貨の減価は、上述の経路を通じて国内企業の収益性を高めるはずである。国内企業が輸入投入物を購入するという形で外国企業と協力関係にある場合、減価により、国内企業が輸入投入物を購入する能力が低下し、これにより国内企業の収益性が低下するはずである。ある企業が他国の企業との間で競争と協力の両方を行っている場合、為替レートに対する株価の全体的な反応によって、協力経路と競争経路のどちらが優位であるかが示される。このように、為替レートの変動に対する株価の反応を分析することで、国内企業と外国企業が競争関係にあるのか、協力関係にあるのかを明らかにすることができる。

本稿では、フランス、ドイツ、日本、韓国の各業種の株式市場エクスポージャーを分析する。ある国の企業が別の国の企業と競争している場合、競争相手の通貨に対して自国通貨が増価すると、自国企業の収益性およびその株価が下がるはずである。ある国の企業が別の国の企業から輸入中間財の購入を通じて当該他国の企業と協力している場合、協力相手の通貨に対して自国通貨が増価すると、自国企業が投入物を購入する能力、ならびに自国企業の収益性および株価が上がるはずである。

図1は、フランス、ドイツ、韓国において、それぞれの自国通貨が日本円に対して増価した場合に利益を受ける業種と損失を被る業種の割合を示したものである。円に対する自国通貨の増価によって、フランスとドイツでは分析対象業種の60%が、韓国では分析対象業種の27%が恩恵を受けること、また、円安によって損失を被る業種はほとんどないことが図に示されている。これは、フランス、ドイツ、韓国の企業への中間財の供給者として日本企業が重要な役割を担っていることを意味する。一方、本研究の結果は、欧州企業と韓国企業の間に相当規模の競争があることを示唆している。

Hausmann et al.(2014)は、1995年から2019年までの各年において最も複雑性の高かった経済は日本であったと報告している。一方、フランスの複雑性の順位は、1995年の第8位から2019年の第19位に下がっている。Emlinger, Jean, and Vicard(2019)も、フランスの輸出力は低下しており、財・サービスの輸出における同国の世界シェアが1999年から2017の間に40%下がったことを明らかにした。

日本が重要な製造品の生産国であるという分析結果は、フランスが製造業の能力を取り戻すための一方策を示している。これを実現する方法としてできることが、フランスが日本からの外国直接投資(FDI)を呼び込むことである。Ozawa(2007)は、日本企業は資本、経営スキル、技術的知識からなる「パッケージ」をホスト国のパートナーに提供していると指摘している。Kojima(1973)は、日本のパートナーは、組立技術、材料の選択・配合・処理技術、機械操作・保守技術、設計図・技術データの提供、エンジニア・オペレーターのトレーニング、工場のレイアウト、機械・設備の選択・設置、品質・コスト管理、在庫管理などに関するノウハウおよび工業に関する全般的な知見を与えていると述べている。IMF(2012)が示した計量経済学的な証拠によれば、1985年から2011年のサンプル期間における日本のFDIの1%の増加は、ホスト国の成長率を0.58~0.69%上昇させた。IMFは、これは他国からのFDIがもたらした成長をはるかに上回るものであったとしている。

では、フランスが日本のFDIを呼び込むにはどうすればよいか?Dunning(1988)は、ある国におけるFDIの誘致力は、とりわけその国が持つ地理的優位性によるところが大きいことを証明した。地理的特性には、要素賦存、技術移転可能性、賃金水準、人的・物質的インフラ、および市場に適した制度がある。Bénassy-Quéré et al.(2019)は、フランスが製造地としての魅力を失っていると述べている。生産に対する税金が高いため、生産チェーン全体でコストが増大していると指摘している。フランス生産性本部(Conseil National de Productivité)(2019)は、このような税は歪みをもたらすものであるとの所見を述べている。同本部はまた、フランスの労働者の技術がOECD平均を下回っていること、高齢の労働者の技術が低下していること、社会経済的背景の異なる卒業生の技能に大きな格差があることも報告している。

FDIを呼び込むには、フランスはこのような立地上の不利な点を解決する必要がある。歪みや高コストを緩和する税制改革は、効果的であると考えられる。また、労働者の平均的な技能を向上するための教育改革も重要となる。ただし、経済的に恵まれない地域の生徒は大きな困難に直面しているため、これは容易ではない。家庭に親が一人しかいないというケースが多く、その親も長時間働いている。そのような地域では、麻薬や犯罪なども蔓延している。生徒は、学校やその他のフランス共和国の機関とのつながりを失うことになる。これらの障害を克服して学習を促進するためには、保護者、学校関係者、行政職員その他の関係者が集中的に取り組むことが求められる。

図1 フランス、ドイツ、韓国における円安によって恩恵・損失を受ける業種の割合
図1 フランス、ドイツ、韓国における円安によって恩恵・損失を受ける業種の割合
出典:Datastreamデータベース、および著者による計算
参考文献
  • Bénassy-Quéré, A., Blanchard, O., Boone, L., Cette, G., Criscuolo, C., Epaulard, A., Jean, S., Kyle, M., Martin, P., Ragot, X., Roulet, A., and Thesmar, D. 2019. Productivity and Competitiveness in the Euro Area: A view from France. VoxEU Weblog. 24 July.
  • Conseil National de Productivité. 2019. Productivité et Compétitivité: Où En Est la France Dans la Zone Euro? Paris: Conseil National de Productivité.
  • Dunning, J. H. 1988. The Eclectic Paradigm of International Production: A Restatement and Some Possible Extensions. Journal of International Business Studies 19, 1–31.
  • Emlinger C., Jean, S., and Vicard, V. 2019. The Surprising Sluggishness of French Exports: Reviewing Competitiveness and its Determinants. CEPII Policy Brief 24. Paris: CEPII.
  • Hausmann, R., Hidalgo, C.A., Bustos, S., Coscia, M., Chung, S., Jimenez, J., Simoes, A., and Yıldırım, M. 2014. The Atlas of Economic Complexity. Cambridge, MA: MIT Press.
  • International Monetary Fund (IMF). 2012. 2012 Spillover Report. Washington: International Monetary Fund.
  • Kojima, K. 1973. A Macroeconomic Approach to Foreign Direct Investment. Hitotsubashi Journal of Economics 14, 1-21.
  • Ozawa, T. 2007. Professor Kiyoshi Kojima's Contributions to FDI Theory: Trade, Structural Transformation, Growth, and Integration in East Asia. The International Economy 11, 17–33