ノンテクニカルサマリー

地域間における移民受入態度の決定要因のネットワーク分析

執筆者 河崎 レイチェル慧(京都大学大学院総合生存学館)/池田 裕一(京都大学大学院総合生存学館)
研究プロジェクト COVID-19禍のもとのマクロ経済:その実証的分析と復興への道程
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「COVID-19禍のもとのマクロ経済:その実証的分析と復興への道程」プロジェクト

COVID-19パンデミックの際に広まった反移民感情やポピュリスト政党の台頭は、効果的な移民・統合政策の策定を目指す政策立案者にとって、移民に対する態度が重要な問題であることを示している。しかし、これまでの研究では、対象がヨーロッパ諸国やアメリカ,カナダ、イギリスなどの英語圏の国に限られていた。そのため、日本やタイ、中東など、これらの国以外の人々と効果的なコミュニケーションを図ろうとする政策立案者にとっては、移民に対する態度を決定する主な要因や、態度が形成されるプロセスに関する研究が、自国には適用できないと考えるであろう。

本研究では、このギャップを是正することを目的として、50カ国以上の国々を、移民によって結ばれた4つの地域ネットワークに分けて研究した。1)中東・東南アジアネットワーク(ME/SEA)、2)西欧・北アフリカネットワーク(WE/NA)、3)アフリカ・米州・アジアネットワーク(AfAmAs)、4)東欧・中央アジアネットワーク(EE/CA)。データは、世界価値観調査の第6波から得られたものである。ネットワーク科学の手法を用いて、移民に対する態度の決定要因において各国がどの程度類似しているか、また、任意の2つの決定要因が態度に対して反対の効果を持つのか、あるいは別の決定要因を補強するのかを明らかにした。

表1は、各地域における移民に対する態度の決定要因の主な分類を示している。これらの国の回答者にとって、移民や外国人労働者の近くに住みたいかどうかといった具体的な態度は、彼らの価値観、つまり平等や安全といった望ましい目的を示す安定した原則に基づいて作られていることが分かった。本研究では、移民に関するコミュニケーションを行う際、WE/NAやEE/CAネットワークの国では、人の価値観に訴えることで説得力が増すことを確認できた(Du Bled et al.,2019)。しかし、価値観が態度を決める中心的な要素ではないME/SEAやAfAmAsの国では、価値観に基づくコミュニケーションは効果的ではない。むしろ、政策立案者やその他の関係者が移民についてのコミュニケーションを行う際には、安全保障に関する懸念や、移民が現地の人々と移民の幸福と福利の両方にどのような影響を与えるかを取り上げる方が効果的であると考えられる。

最後に、本研究ではネットワーク手法を用いたことで、社会的価値観のカテゴリーに含まれる偏見がどのように形成されるのかをより詳細に調べることができた。社会的価値の決定要因が各ネットワークにおいて最も影響力が強く、さらに人種的偏見はすべてのネットワークに現れる唯一の決定要因であった。この結果は、人種的偏見が移民に対する態度の一般化可能な決定要因であることを示唆しており、すべての国の政策立案者が効果的なコミュニケーションを行うために対処しなければならない。人種的偏見は、EE/CAおよびWE/NA諸国では経済的・物質的な幸福に関する悩みと相関しているが、AfAmAs諸国では相関していない。ME/SEA諸国では結果がまちまちである。これらの結果は、移民に対する態度を、人種的偏見か物質的脅威の感情のどちらかの結果として説明するのではなく、人種的偏見と物質的脅威の感情が相互に強化しあっていることを示している。

以上のことから、移民に関するコミュニケーションを行う政策立案者は、地域によって異なる移民に対する態度を引き起こす基本的な要因を理解する必要がある。価値観に基づくコミュニケーションが効果的な地域もあれば、効果が限定的な地域もある。他のグループに対する偏見を減らすための取り組みは、移民に対する態度に有益な効果をもたらす可能性が高い。一方、EE/CAおよびWE/NA諸国の政策立案者は、これらの地域の移民に対する態度を決定する上で、人種的偏見と物質的脅威の関連性を認識すべきである。

表1 ネットワーク別にみた移民に対する態度の決定要因の数
表1 ネットワーク別にみた移民に対する態度の決定要因の数