ノンテクニカルサマリー

土地利用規制が地価に与える影響についての実証研究:福岡市の事例より

執筆者 中島 賢太郎(ファカルティフェロー)/高野 佳佑(運輸総合研究所)
研究プロジェクト 消費者としての都市の魅力と都市政策
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「消費者としての都市の魅力と都市政策」プロジェクト

土地は有限である。しかし限られた都心の土地面積の中で、集積の経済を十分に発揮させるためには、建物の高層化など、土地の高度利用によって、都心に十分な床面積を供給することが不可欠である。一方で、過剰な土地の高度利用は混雑を招き、逆に都市の機能を妨げることとなる。土地の高度利用を制限する土地利用規制が多くの都市で導入されているのはこのような理由によるが、最適な規制の水準を決めるためには、トレードオフの関係にあるこれらの二つの効果についての定量的な知見が必要となる。

しかし、土地利用規制の効果の定量的把握は一般に困難である。土地利用規制の強度は、土地ごとに大きく異なり、また、その土地に対する需要と大きく相関している。例えば、都心駅前のように大きな需要のある土地には、その高い需要から、より高い建物を建てられるよう土地利用規制は緩和される傾向があると考えられる。この場合、その大きな需要によって土地の価格は上昇し、また、その需要によって土地利用が緩和されているため、土地利用規制の効果は過小に推定されてしまう。このような問題を解決した上で正しく土地利用規制の効果を推定するためには土地利用規制における外生変動、つまりその土地の需要とは独立に規制の状況が変わるような状況が必要となる。

このような背景のもと、本研究では、福岡市中心部を対象に、土地利用規制が地価に与える影響について定量的な分析を行った。福岡市は現在「天神ビッグバン」など、建物高さ規制を大幅に緩和する都心再開発が進む都市であるが、この背景には図1に示されるとおり、航空法による厳しい建物高さ規制がある。航空法はその49条によって、航空機の安全な離着陸のため、空港周辺の建物の高さを規制している。具体的には、空港の代表点から4000mの範囲においては代表点標高より45mまでの高さに建物の高さは規制され、4000mを超えると、2%の割合で(空港から1m離れると2cm)規制が線形に緩和されるというものである。通常、空港からの距離が3900m点と4100m点でそれほど土地の環境に違いは無いと考えられ、これらの土地は需要面ではほぼ同等であると考えられる一方、建物高さ規制には2mの差がある。従ってこれら4000m境界付近の地価に注目することで、高さ規制以外の条件をそろえた上で、規制の効果を測定することができるのである。しかし一般に航空法による建物高さ規制は、多くの都市においては都心の建物の高さを強く制限していない。例えば空港が都心から10km離れていれば、都心に空港代表点の標高から起算して165mの建物を建てることができ、これは多くの都市において実質的な制約とはならない。しかし福岡市は福岡空港が中心駅の一つである博多駅からわずか3000mの場所に立地しており、空港から4000mの範囲に都心部の多くが含まれているため、この外生的な建物高さ規制の変動を利用してその効果を測定することができる。このような直観に基づき、本研究では回帰ねじれデザイン(Regression Kink Design: RKD)と呼ばれる手法を用いて、福岡市中心部における建物高さ規制の効果を測定した。

その結果、建物高さ規制は地価に有意な負の影響を与えていることがわかった。また、その数量的インパクトは高さ規制が4m緩和されると地価が12%上昇するというものであった。一般にオフィスビルは1フロアに4m程度の高さを必要とすることを考えると、45m規制下においては、ビルの階数は11階程度に規制されていると考えられる。それに対し4mの緩和、つまり1フロア追加することは、その土地が与える床面積を9%増加させることになり、もし家賃が不変であれば、土地の収益を9%増加させることになると考えられる。その意味で、この12%という数字は想定される範囲の大きさであるといえよう。一方で、推定された数値が1フロア追加による家賃収入の増加分よりも大きいことは、テナントの増加によるその土地の生産性上昇効果、例えばビル内の集積効果やあるいは高層階に対するプレミアムなど、1フロアの追加が与える単なる家賃収入増加以外のプレミアムの存在を示唆するものといえる。

本研究結果から、土地開発規制はやはり地価に対して負の影響を持つこと、また、それは単に床面積を供給できないことで、家賃収入が減少するという効果のみならず、集積の経済や高層階プレミアムの喪失など追加的な効果が存在する可能性があることが示された。このことは、都心部において十分な床面積を提供できる環境を作り、集積の経済を活かせる政策の重要性について示唆するものであるといえる。また、Brueckner and Sridhar (2012) でも示されているとおり、都心に十分な床面積を供給することは、都市のコンパクト化にも寄与する。一方、本研究はあくまで航空法による建物高さ規制を利用して、土地開発規制全般に対する含意を導出したものであり、航空機の安全な離着陸を目的としたものである航空法による建物高さ規制の緩和自体を支持するものではないという点には注意が必要である。後者の目的のためには、建物高さ規制の緩和が航空機の離着陸の安全性に与える影響についての定量的分析が必要であり、それは本研究の範囲外のものである。また、本研究の推定値は極めて合理的な数値であるとは考えられるが、これは人口規模150万人の福岡市中心部における効果であり、福岡市と同規模の都市であれば援用可能性は高いと考えられるが、この値がそのまま他の都市に援用できるという保証はないという点にも注意は必要である。また、規制緩和に伴う混雑の不効用については本研究では考慮されていないため、適切な規制の水準を考える上では、このような規制緩和のコストについても精緻な推定が必要である。

図1 規制概要
図1 規制概要
Note: OpenStreetMapsより著者によって作成。高さ規制は標高ベースで表記されている。空港代表点の標高が9.1mであるため、4000m圏内の建物高さは代表点標高から45mの標高54.1mに規制されている。
図2 建物の分布
図2 建物の分布
Note: Google Earthより著者によって作成。赤い領域は空港から4000m圏内である。空港代表点標高が9.1mであるため、空港から4000m圏内の建物の高さは標高ベースで54.1mに規制されている。標高45m以上の建物の分布を示した左図では、4000m圏内と圏外で建物の数に大きな違いが無いのに対し、標高54m以上の建物の分布を示した右図では、4000m圏内に建物はほとんどみられない。
参考文献
  • Brueckner, Jan K. and Kala Seetharam Sridhar, "Measuring Welfare Gains from Relaxation of Land- Use Restrictions: The Case of India’s Building-Height Limits," Regional Science and Urban Economics, November 2012, 42 (6), 1061–1067.