ノンテクニカルサマリー

金融は投資促進税制の費用と便益にどう影響するか?

執筆者 折原 正訓(筑波大学)/鈴木 崇文(愛知淑徳大学)
研究プロジェクト これからの法人に対する課税の方向性
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策評価プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「これからの法人に対する課税の方向性」プロジェクト

結果①:投資促進税制を利用した企業は、利用前に比べて平均的には設備投資を増やした。

日本のこれまでの租税政策は、投資促進税制が投資を促すはずであるとの理論的予測に基づき策定されてきた。本研究はデータを通じてこの予測を検証するものであり、証拠に基づく政策立案(EBPM: Evidence-Based Policy Making)に資する。この理論が日本で実証されてこなかった主因は、分析に必要な企業レベルの税務データが利用できなかったことにある。本研究では、経済産業省が収集した「企業活動と税負担に関するアンケート調査」を活用することでこの問題を乗り越えた。

本研究の分析対象は、2014年に導入された生産性向上設備投資促進税制である。この税制では、投資に対する税額控除および即時・特別償却が時限的に導入された。しかし、税制は必ずしも広く使われておらず、利用率は毎年度21.2%であった。データ内の多くの企業は、特に税額控除を利用していた。分析から、税制利用企業は税制改正前の投資水準と比較して、投資を平均的に12.4%増加させていたことが明らかになった。

結果②:資金調達が比較的容易な企業ほど、投資促進税制を利用した。

望ましい投資機会があったとしても、企業は資金を調達できるとは限らない。たとえば、投資家が企業の経営計画の妥当性に疑問を持つかもしれないためである。こうした問題は資金調達制約(Financial Constraint)として知られており、企業金融論の最重要課題である。

図1 資金調達と投資促進税制の関係
図1 資金調達と投資促進税制の関係

図1は、資金調達と投資促進税制との関係を示している。税制は設備投資を要件としているため、投資実行後に適用される(図の③)。加えて、投資には資金が必要である(図の①)。このため、資金を調達できない企業は税制を利用できない。逆に言えば、資金調達が比較的容易な企業の方がより税制を利用すると予測できる。分析結果はこの仮説と整合的であった。たとえば、上場企業の税制利用率は非上場企業に比べて12.0パーセントポイント高かった。前者は後者に比べて資金を調達しやすいと考えられる。また、社債発行企業、キャッシュフローが多い企業、大企業についても税制をより利用する傾向が見られた。いずれも資金調達が比較的容易と考えられる企業である。

結果③:資金調達が比較的困難な企業ほど、投資を増やした。

非上場企業や中小企業などの資金調達が比較的困難な企業ほど、税制利用前に比べて利用後に設備投資を増加させていた。他方、上場企業や大企業などの資金調達が比較的容易な企業は必ずしも投資を増加させていなかった。すなわち、後者の企業群は投資を増やさずに税務便益を得る目的で税制を利用していたと考えられる。こうした企業は、節税分を現金として保有し続けていたことも明らかになった。

政策的含意まとめ:投資税制は効果的である。しかし、コストを伴う。

投資促進税制は、平均的には企業の投資を増加させる効果的な政策である。また、税制の効果は資金調達制約に直面している企業において顕著である。したがって、税制優遇措置を通じた政府から企業への財政支援には合理性があると考えられる。

しかし、負の側面が伴うことも明らかになった。すなわち、投資を増やさないにも関わらず税制を活発に利用する企業の存在である。この問題に対処するため、たとえば非上場企業や中小企業などの資金調達制約に直面している企業にのみ税制利用を許可することが考えられる。しかし、企業が税務便益を得るために企業規模を調整することで経営の効率性が損なわれてしまうなど、他のコストが生じる可能性がある。このため、資金調達制約に直面している企業の投資を促進するためには、直面していない企業にも同様に税務便益を与えざるを得ないと言える。