執筆者 | 笹原 彰 (慶應義塾大学)/森 啓明 (専修大学) |
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研究プロジェクト | グローバル経済が直面する政策課題の分析 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル経済が直面する政策課題の分析」プロジェクト
本研究では、国際貿易が産業構造を変化させることを通じてどの程度男女間の賃金格差・雇用格差を縮小させたのかについて、理論モデルと米国のデータを用いて検証した。図1は1970年以降の米国における貿易開放度と男女間賃金格差、そして男女間労働参加率格差を示している。賃金は短期的には硬直的であること、また賃金や雇用は国際貿易以外の様々な要因で変化することから、貿易と男女間格差の短期変動の関係性を議論することは難しい。しかし、長期的なトレンドから貿易が増えているのと同時に男女間格差も縮小していることがわかる。
既存研究では、国際貿易が米国の製造業の雇用を減少させサービス業の雇用を増加させたことが明らかにされている (Autor, Dorn, and Hanson, 2013; Feenstra and Sasahara, 2018)。また、サービス業が相対的に女性労働集約的であるため、サービス業の拡大が女性労働者への相対需要を増加させ男女間の賃金格差を縮小させたという研究も既に存在する (Ngai and Petrongolo, 2017; Olivetti and Petrongolo, 2016)。しかし、「国際貿易→産業構造→男女間格差」のリンクを直接検証した研究は我々の知る限り存在しない。本研究ではこの経路を明示的に導入したモデルを構築し、反実仮想実験を行って1960年代後半以降の男女間賃金格差・雇用格差の縮小のどの程度が国際貿易によって説明できるのかを検証した。
図2はモデルの構造を示している。自国(米国)と外国(例えば中国)の2国が存在し、それぞれの国に製造業セクターとサービス業セクターがある。サービス業の財は家庭で生産するか、あるいは市場で購入することができる。この環境の下、製造業の氷塊型貿易コストが低下し外国の製造業の生産性が上昇すると、自国において製造業の雇用が縮小しサービス業の雇用が拡大する。サービス業は女性労働集約的であるので、自国において女性労働への相対需要が増加し女性の相対賃金が上昇する。
反実仮想実験を行い、(1)貿易障壁の低下と(2)外国の生産性の上昇の効果を抽出すると、これらの2つの変化で1968年から2008年までの米国の男女間賃金格差の縮小の約20%が説明でき、同期間の女性のサービス業の雇用増加の約25%が説明できることが示唆された。また、賃金格差の縮小は女性賃金の微増と男性賃金の低下からもたらされることが示唆された。これはBesedeš et al. (2021) の誘導形の回帰式を推定した分析結果と整合的である。さらに、外国では(1)と(2)の変化によって男女間賃金格差が拡大されることが示唆された。男性労働集約的な製造業において雇用が拡大することから生じる結果であるが、ヘクシャー・オリーンモデルにおいてストルパー・サミュエルソン定理が示す結果と整合的である。
- 参考文献
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- Autor, David H., David Dorn, and Gordon H. Hanson (2013) "The China syndrome: local labor market effects of impact competition in the United States." American Economic Review, 103(6): 2121–2168.
- Feenstra, Robert C. and Akira Sasahara (2018) "The ‘China shock’, exports, and U.S. employment: A global input-output analysis." Review of International Economics, 26(5): 1053–1083.
- Ngai, L. Rachel and Barbara Petrongolo (2017) "Gender gaps and the rise of the service economy." American Economic Journal: Macroeconomics, 9(4): 1–44.
- Olivetti, Claudia and Barbara Petrongolo (2016) "The evolution of gender gaps in industrialized countries." Annual Review of Economics, 8: 405–434.
- Besedeš, Tibor, Seung Hoon Lee, and Tongyang Yang (2021) "Trade liberalization and gender gaps in local labor market outcomes: Dimensions of adjustment in the United States." Journal of Economic Behavior and Organization, 183(March): 574–588.