ノンテクニカルサマリー

非正規雇用とその後の労働市場における定着

執筆者 朝井 友紀子 (シカゴ大学 / 早稲田大学)/Dmitri K. KOUSTAS (シカゴ大学)
研究プロジェクト 人事施策の生産性効果と雇用システムの変容
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「人事施策の生産性効果と雇用システムの変容」プロジェクト

本研究の目的

非正規雇用は、企業や労働者にとって柔軟な雇用を可能にするといった利点がある一方、労働者にとっては、賃金が低く、社会保険をはじめとする福利厚生の利用が限定されているという課題がある。また、企業にとっても労働者の定着率が低く、採用や教育コストがかかるという課題がある。こういった問題を背景として、非正規労働者の正規化が議論されている。非正規雇用が労働者の定着や家族生活にどのような影響を及ぼしているのかについて十分な検証が必要である。

本研究では、キャリアの初期における非正規雇用の経験が、その後の職場における定着、そして家族形成に及ぼす影響を検証した。具体的には、航空運輸業界で一斉に実施された2回にわたる雇用形態の変更を「疑似実験」として用い、非正規雇用が労働者に与える影響について因果分析を行なった。1回目の変更は、1990年代半ばに行われた客室乗務員の採用時における雇用形態の正規から非正規への変更である。この政策変更の背景には、グローバル化による競争激化が挙げられる。非正規社員として採用された客室乗務員は、他の乗務員と同様に業務を担当し、3年後には正規社員に転換される。正規社員として採用された乗務員との主な違いは、採用から3年間における給与と社会保険をはじめとする福利厚生である。2回目の変更は、2010年代半ばに客室乗務員の活躍推進を目的として実施された、雇用形態の非正規から正規への再変更である。

先行研究との関連

本研究は、就職時の景気状況が労働者の初職とその後の活躍に及ぼした短期的・長期的な影響を検証している先行研究と関連が深い。これら研究では、景気悪化時に就職した者は、そうでない者と比較して賃金と職位が低いことを明らかにしている。また、初職の影響は長期的に継続すると結論付けている (例えば、Oyer 2006, Kahn 2010, Genda, Kondo, and Ohta 2010, Oreopoulos, Wachter, and Heisz 2012を参照)。初職における経験は、労働者の家族形成にも影響を及ぼす可能性がある。先行研究では、所得効果は出生率と正の相関があり(Lovenheim and Mumford, 2013)、特に失業等の負の所得効果は、出生率を引き下げることが指摘されている(Del Bono et al., 2012; Currie and Schwandt, 2020)。本研究では先行研究と異なり主に女性に注目している。よって、これまで研究蓄積が少なかった女性の労働市場での活躍や定着といった面で新しい知見を提供することができると考える。

分析結果

本研究では、ある匿名の航空運輸企業の人事データを用いて、採用時の雇用形態が労働者のその後の労働市場における定着と活躍に及ぼす影響を検証した。分析では差の差法を用い、採用時の雇用形態変更後に採用された乗務員と、それ以前に採用された乗務員の就業継続を比較することで政策効果の測定を行なった。コントロールグループには同業種における男性の労働者、他の産業の女性労働者を用いた。

図1は、1990年代半ばと2010年半ばにおける勤続月数別の離職率を人事データから計算したものである。1993年と2013年が政策変更前、1995年と2016年が政策変更後を表す。まず、1993年と1995年を比較すると、非正規として採用された客室乗務員は、変更前に採用された者よりも3年以内の離職率が18ポイント程度高く、10年以内の離職確率も11ポイント程度高かった。次に2013年と2016年を比較すると、2013年は1995年の離職率の傾向を辿っているのに対し、2016年は1993年の傾向を辿っている。つまり、2010年半ばにおける雇用形態の再変更によって、正規職員として採用された客室乗務員の離職率は、非正規として採用された者と比較して低くなったことがわかった。加えて、離職理由の分析をしたところ、解雇等の非自発的な理由での離職率に変化はないにもかかわらず、結婚・出産や転職等の自発的理由による離職が、非正規として採用された者の間で増えていることがわかった。

さらに、出産時期の分布について分析を行ったところ、非正規として採用され、就業継続をした女性は、正規として採用された者と比較して10年以内に第一子を出産する確率が13ポイント程度低いことが明らかになった。この結果の解釈としては、(1)負の所得効果が出産タイミングを遅らせた可能性、(2)どの社員が就業継続をするかというセレクションに変化があった可能性が指摘できる。

図1 1990年代半ばと2010年代半ばにおける雇用形態変更前後の月別離職率
図1 1990年代半ばと2010年代半ばにおける雇用形態変更前後の月別離職率
注:人事データより計算。縦軸は離職率、横軸は就職してからの月数を表す。

政策インプリケーション

以上の分析から、キャリアの初期に非正規社員として採用された労働者は、正規社員として採用された者と比較してその後の定着率が低いことが明らかになった。採用や教育にかかるコストを考慮すると、企業における非正規雇用のコストはベネフィットを上回る可能性がある。また、企業に残ることを選択した非正規の労働者は、出産のタイミングを遅らせる選択をしていることも明らかになった。非正規雇用は、女性の定着だけでなく、家族形成にも影響を与えている可能性がある。近年議論されている非正規雇用の正規化は、女性の労働市場での活躍を推進するとともに、労働者の定着率が高まるという点で企業にとっても大きなベネフィットがある可能性を示唆している。

参考文献
  • Currie, J., Schwandt, H., 2020. Short- and long-term effects of unemployment on fertility. Proceedings of the National Academy of Sciences 111, 14734-14739.
  • Del Bono, E., Weber, A., Winter-Ebmer, R., 2012. Clash of career and family: Fertility decisions after job displacement. Journal of the European Economic Association 10, 659-683.
  • Genda, Y., Kondo, A., Ohta, S., 2010. Long-term effects of a recession at labor market entry in japan and the united states. Journal of Human Resources 45 (1), 157-196.
  • Kahn, L., 2010. The long-term labor market consequences of graduating from college in a bad economy. Labour Economics 17 (2), 303-316.
  • Lovenheim, M., Mumford, K., 2013. Do family wealth shocks affect fertility choices? Evidence from the housing market. The Review of Economics and Statistics 95, 464-475.
  • Oreopoulos, P., Wachter, T. v., Heisz, A., 2012. The short- and long-term career effects of graduating in a recession. American Economic Journal: Applied Economics 4 (1), 1-29.
  • Oyer, P., 2006. Initial labor market conditions and long-term outcomes for economists. Journal of Economic Perspectives 20 (3), 143-160.