ノンテクニカルサマリー

企業年齢と内部資本市場の効率性

執筆者 牛島 辰男 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト 企業統治分析のフロンティア
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

融合領域プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「企業統治分析のフロンティア」プロジェクト

多角化企業(複数の事業を持つ企業)の重要な特徴は、事業間で資金を移動させる組織的な仕組みである内部資本市場(internal capital market)を持つことである。内部資本市場を通じて成熟事業から成長事業へと資金が移動し、後者の強化に用いられるならば、企業価値は向上する。だが、事業間の資金配分に歪みがあり、成熟事業での超過投資や不振事業での資金の浪費が起きるならば、価値が破壊される。米国企業を対象とする実証研究の多くは、事業間の資金配分パターンには企業間で大きな違いがあり、価値創造的と価値破壊的、双方のパターンが存在することを見出している。だが、そうした内部資本市場の効率性の違いがどのような要因によってもたらされるのかは、十分に明らかではない。

本研究は日本の多角化企業を対象として、内部資本市場の効率性を規定する要因を分析するものである。組織論においては、組織の老化が組織プロセスの硬直性を高め、環境変動への対応力を下げる効果(liability of aging)を持つことが知られている。内部資本市場の働きは事業環境の変化に応じて、企業が事業間で資金を柔軟にシフトさせる力に依存する。このため、老化による企業組織の柔軟性の低下は、内部資本市場に大きな影響を及ぼしている可能性がある。そこで、本論文は企業組織の年齢である社齢と内部資本市場の効率性の関係に特に注目した分析を行った。

分析のサンプルは2001年から2010年の期間に株式を上場しており、複数の事業セグメントを持つすべての企業である(金融機関やデータに問題のある企業は除く)。内部資本市場の効率性はRajan et al. (2000)の相対付加価値(RVA: Relative value added)と、RVAに独自な修正を加えた指標(RRVA)によって計測した。表に示す通り、サンプル企業を社齢によって分割し、「若年企業」(社齢が33パーセンタイル以下の企業)と「老年企業」(社齢が66パーセンタイル以上の企業)を比較すると、どちらも指標の平均も老年企業の方が有意に低く、社齢と内部資本市場の効率性の間に負の関係があることが分かる。この傾向は回帰分析においても安定的に見られ、見せかけの相関を生む可能性のある様々な要因をコントロールしても弱まることはない。

表:社齢による内部資本市場の効率性の違い(平均)
若年企業 老年企業 平均の差
相対付加価値
(RVA)
-0.063 -0.215 0.151 ***
修正相対付加価値
(RRVA)
0.102 -0.066 0.169 ***
注:両指標とも値が大きいほど内部資本市場が効率的であることを示す。***は1%水準で有意であることを表す。

ただし、内部資本市場の老化は非可逆的に進むわけではない。本研究では、分析期間中に純粋持株会社となるための大掛かりな組織再編を実施した企業では、再編後に社齢のマイナス効果が大幅に小さくなることも見いだされた。これは組織の構造が大きく変わることで、企業内の資金配分にかかわる諸制度やプロセスも変革され、配分の柔軟性が回復するためと考えられる。こうした内部資本市場の「若返り」効果の存在は、企業が組織再編を柔軟に実施できる制度、環境を政策的に整備することが、大企業内部における資源利用の効率化をもたらし、経済の成長力を高める効果を持つことを示唆するものである。

参考文献
  • Rajan, R., Servaes, H., Zingales, L., 2000. The cost of diversity: The diversification discount and inefficient investment, Journal of Finance 55, 35-80.