ノンテクニカルサマリー

税・社会保険料が所得階層に及ぼす効果の要因分解:日本の中間層形成への寄与

執筆者 大野 太郎 (信州大学)/北村 行伸 (立正大学)/宮崎 毅 (九州大学)
研究プロジェクト 人口減少社会における経済成長・景気変動
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「人口減少社会における経済成長・景気変動」プロジェクト

近年、諸外国と同様、日本でも中間層の割合が低下している。税制は格差是正の機能も有しており、中間層の大きさにも影響を与える。そのため、中間層の低下に対して税制・社会保障の対応が求められる中、それらが中間層の形成にどの程度寄与しているかについては考察が不足している。そこで、本稿では『全国消費実態調査』(1989-2014)の個票データを用い、税・保険料が日本の中間層形成に及ぼす効果を考察する。

また、こうした税・保険料の効果が時点間で変化するとき、それは制度変更(制度変更要因)のみならず、所得分布や人口構成などの変化(非制度変更要因)による影響も受ける。本稿では世帯の所得や属性に現実の制度を当てはめて税・保険料額を推計するマイクロ・シミュレーションの手法を適用して、制度変更要因と非制度変更要因の要因分解を行い、制度変更それ自体がもたらす真の寄与を抽出する。

中間層の大きさについてはOECD(2019)と同様に、「中位所得の75%以上200%未満」に該当する人口の割合として計測した。また、所得には当初所得、総所得、可処分所得といった複数の種類があるが、いわゆる総所得とは当初所得に現金給付の受給額を加えたもの、可処分所得は総所得から税・社会保険料の拠出額を減じたものを指す。図1は中間層割合の推移を示しており、また当初所得と総所得それぞれで見た水準の差が給付による中間層形成への寄与、総所得と可処分所得それぞれで見た水準の差が税・保険料による中間層形成への寄与を表す。可処分所得で見るとき、中間層は1989年に69.6%であったが、ここ25年間で3.4%pt低下している。これは、日本の中間層がOECD平均よりやや高いが、低下傾向は同程度であることを表している。給付による中間層形成への寄与についてはここ25年間で急速に高まっており、これは高齢化に伴って公的年金給付の寄与が高まっているためである。また、税・保険料はいずれの時点で見ても中間層の割合を3〜4%ptほど押し上げており、中間層形成に対して一定の寄与を果たしていることが分かる。

経年的に見ると、税・保険料が中間層形成へ及ぼす効果は上昇しているが、この変化について制度変更要因と非制度変更要因それぞれの寄与を計測した。表1は要因分解の結果を示しており、税・保険料の効果が高まったのは主に非制度変更要因によるものであることが確認された。このことは、(総所得で見て)高所得層の割合が高まる中、それに伴って税制にあらかじめ組み込まれている所得再分配機能も高まったことを意味している。他方、25年間の比較で見ると、制度変更はむしろ中間層の割合を低下させており、それは税制(所得税・住民税)の税率引き下げと控除拡大の影響によるものである。特に近年は制度変更の寄与そのものが乏しいため、今後は抜本的な税制改正を通じて、税による中間層形成の力を高めていくことが求められる。

図1 中所得層割合の推移
図1 中所得層割合の推移
表1 税・保険料効果の変化の要因分解
表1 税・保険料効果の変化の要因分解
参考文献
  • OECD (2019). Under pressure: The squeezed middle class. OECD Publishing