ノンテクニカルサマリー

歴史的文化形成に起因する嗜好の地域性と地域間の市場統合

執筆者 Cecilia GUERRERO (ハインリッヒ・ハイネ大学)/森 知也 (ファカルティフェロー)/Jens WRONA (デュイスブルク・エッセン大学, CESifo, DICE)
研究プロジェクト 経済集積を基本単位とする地域経済分析経済集積の空間パターンと要因分析手法のための実証枠組の構築
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「経済集積を基本単位とする地域経済分析経済集積の空間パターンと要因分析手法のための実証枠組の構築」プロジェクト

本研究では、歴史的な文化形成を介して生じた地域固有の嗜好性が地域間の市場統合に及ぼす影響について検証した。都市規模・生産性・所得等の地域差や地域間貿易の要因分析において、既存研究は、自然条件や歴史的経緯による外生的要因の中でも、個々の地域に優位性差をもたらす効果に注目した点に対し(e.g., Redding and Rossi-Hansberg, 2017)、本研究では、市場・貿易を介した地域間の関係性に対して及ぼす効果に注目した点が斬新である。また、本研究は、国際・地域間貿易の分野において、従来の構造重力モデルで説明できない国・地域間の貿易障壁の要因として最近関心が寄せられる「嗜好地域性仮説」(e.g., Head and Meyer, 2013)の検証としても捉えることができる。

市場統合度の評価には、青果物卸売市場調査(2010-2017年, 月別)を用い、月単位の青果物価格に関する地域間の相対平均価格のボラティリティ(Engel and Rogers, 1996)や平均価格の共和分関係(e.g., Shiue and Keller, 2007)を計算した(「地域」は市場を含む市町村)。個々の地域に歴史的に形成された文化はその地域の方言に集約されると考え、明治期の方言に関する全国的な調査である「日本言語地図」(国立言語研究所)を用いた。これは、代表的な250単語に対する全国約2400地点における方言についての聞き取り調査である。例えば、図1(a)は、各調査地点において「イモ」が示す芋の種類を示している。各地域の各単語に対する方言は、青果物卸売市場の半径50km以内に含まれる調査地点における回答の集合により表現され、個々の単語に関する地域間の方言類似性はJaccard指数を用いて評価した。Jaccard指数は集合間の類似性が高いほど大きい値をとる(完全一致で1、共通集合が空の場合に0)。地域間の歴史的方言の類似性は、全250単語に関するJaccard指数の平均値を用いて評価した。

図1. 歴史的方言と現代の嗜好性分布
図1. 歴史的方言と現代の嗜好性分布

各地域の嗜好性は、家計調査の調査対象家計のうち青果物卸売市場を含む市町村に居住する家計のデータから算出した。具体的には、Almost Ideal Demand System (Deaton and Muellbauer, 1980)から導かれる需要関数を用いて、価格や家計の所得及びその他属性を制御した上で各財に対する地域固有の支出シェアの多寡を推定し、これらを用いて算出される地域ごとの支出シェアベクトル間の距離により地域間の嗜好異質性を評価した(注1)。図1(b)(c)(d)はそれぞれ、2017年時のさつまいも、じゃがいも、さといもに対する嗜好性の地域差を示している。赤味が強く円が大きいほど、当該財へ支出が偏っていることを示している。特に、さつまいも・さといもについて方言・嗜好性の空間パターンが類似しており、歴史的方言の類似性と嗜好の類似性の間の因果関係を示唆している。

表1は、市場統合度を相対平均価格のボラティリティとした場合の、操作変数法を用いた嗜好異質性と市場統合度の因果関係に関する回帰結果を示している(注2)。第1段階の回帰において、地域間の歴史的方言類似性は、地域間距離など地理的な要因を制御した上でも現代の嗜好類似性の決定要因として有意であり、図1が示す直感が正しいことを示している。第2段階の回帰では、歴史的文化類似性を起源とする現代の嗜好類似性が市場統合度を高める効果を持つことが示された(注3)。

表1. 地域間の嗜好異質性と市場統合度の関係
表1. 地域間の嗜好異質性と市場統合度の関係

我々は、都市の規模や産業構造など、地域間のバリエーションの要因の大部分は集積の経済など、内生的メカニズムに依る可能性が高いと考えている(e.g., Mori et al. 2020; Mori and Wrona, 2021)。しかし、内生的なメカニズムは経済活動の空間分布を説明しても、個別地域の盛衰は特定しないため、自然・歴史的要因による地域の優位性に加え、歴史的文化形成などによる、歴史的経路依存の地域間の関係性が、市場統合、取引・貿易ネットワーク形成などを介して、重要な役割を果たすと考えられる。

本研究で用いた「日本言語地図」は、嗜好性に限らず、歴史的経緯を起源とする地域間の関係性の効果を分析する際に有用な操作変数を提供し得る。本研究の成果を端緒に、歴史的経路依存性により生ずる地域間の関係性を明示的に取り入れた、より一般的な構造・回帰モデルによる政策分析の実施を期待できる。

脚注
  1. ^ 家計調査と青果物卸売市場調査に共通する青果物31品目関して、両調査に共通の55市町村の各ペア間の嗜好異質性を計算した。
  2. ^ 都道府県境界ダミーは、地域ペアが異なる都道府県に属するとき1, その他で0値を取る。8地域境界ダミーは、北海道, 東北, 関東, 中部, 近畿, 中国, 四国, 九州(沖縄を除く)の8地域、東西地域境界ダミーは中部以東と近畿以西の2地域について、同様に定義される。括弧内の数字は標準誤差、各係数推定値は***が1%, **が5%, *が10%水準で統計的に有意である。
  3. ^ 市場統合度を東西地域境界ダミー以外の地理的変数で回帰した場合には、いずれの係数推定値も有意でないため、これらは第2段階の回帰で含めていない。
参考文献
  • Deaton, A. S. and J. Muellbauer. "An almost ideal demand system." American Economic Review 70(3): 312-326, 1980.
  • Engel, C. and J. H. Rogers. "How wide is the border?" American Economic Review 86(5): 1112-1125, 1996.
  • Head, K. and T. Mayer. "What separates us? Sources of resistance to globalization." The Canadian Journal of Economics 46(4): 1196-1231, 2013.
  • Mori, T., Smith, T. E. and W.-T. Hsu. "Common power laws for cities and spatial fractal structures." Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 117 (12): 6469-6475, 2021.
  • Mori, T. and J. Wrona. "Centrality bias in inter-city trade." RIETI DP21-E-035, 2021.
  • Redding, S. J. and E. Rossi-Hansberg. "Quantitative spatial economics." Annual Review of Economics 9: 21-58, 2017.
  • Shiue, C. H. and W. Keller. "Markets in China and Europe on the eve of the industrial revolution." American Economic Review 97(4): 1189-1216, 2007.