ノンテクニカルサマリー

租税回避のための技術革新:製品差別化と独立企業間価格原則

執筆者 大越 裕史 (岡山大学)
研究プロジェクト グローバル経済が直面する政策課題の分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル経済が直面する政策課題の分析」プロジェクト

グローバル化が進むにつれて企業の研究開発(R&D)投資が増加しており、新しい製品の登場やデザインなどの多様化を通じて製品差別化が進んでいる。このような製品差別化は消費者の好みに合った購買選択の増加や、企業間の市場競争を和らげる働きによって、消費者と企業の双方に望ましい効果が期待される。さらにR&Dは経済成長の要因になるとも指摘されており、R&D活動に対する補助金などの政策が正当化されている。

他方、製品差別化は多国籍企業の租税回避行動が助長している可能性がある。多国籍企業は企業内取引価格(移転価格)を関連企業間で自由に設定できるため、企業利潤を低税率国に移すために利用していると近年報告されている。このような移転価格の操作を防ぐために、税務当局は独立企業間価格原則に基づいて行き過ぎた移転価格の操作を摘発している。この原則は、非関連企業同士による取引価格(独立企業間価格)と移転価格が同水準であることを定めており、これらの価格に著しい乖離があるかどうかを摘発の判断基準としている。しかし、企業内取引される製品が独立企業間で取引される製品と差別化されるほどそれらの財の比較可能性が損なわれてしまい、価格の乖離がある場合でも正当的な理由が考えられるため価格を比較する判断基準が機能しない恐れがある。実務的にも、価格を比較する方法とは異なる方法を使うケースが多く、独立企業間価格原則に基づく移転価格の摘発は容易ではない。そのため、製品差別化のためのR&D投資は移転価格による利潤移転の機会を増加させることにつながりうる。

図1 利潤移転と独立企業間価格原則
図1 利潤移転と独立企業間価格原則

このような製品差別化と租税回避の関係に注目し、本論文では租税回避の機会が製品差別化投資行動に与える影響を分析している。租税回避が不可能な下では、企業のR&D活動は市場競争の緩和による利益をもたらす。租税回避が可能な下では、納税額の減少の利益と、利潤移転を簡単にする追加的な利益が追加的に生じるため、多国籍企業の製品差別化投資が増加する。さらに、グローバル化によるタックスヘイブンを通じた租税回避の情報や機会の増大などで、国際的な租税回避がしやすくなるにつれてR&Dによる利益の増加はさらに強くなるため、近年のR&D投資の増加が租税回避による追加的な利益によるものである可能性を示唆している。

前述のように、製品差別化の深化は消費者と生産者の利益の増大と税収の減少という結果につながるため、社会厚生に与える効果は複雑である。本論文では、高税率国の法人税率がある程度低く、R&D活動の費用が小さい場合は、グローバル化による製品差別化が社会厚生を上昇させることが分かった。これは税率が低い場合は税収減少の効果が小さく、R&D活動の費用が小さく済む場合は誘発されるR&D活動による望ましい効果が大きくなりやすいためである。しかし、このような条件が満たされない場合は、R&Dの増加は社会厚生を下げてしまうことがあることも分かった。

以上の結果から得られる政策的含意は以下のとおりである。まず、R&D活動に関する最適政策を考える際は、租税回避行動への効果を考える必要があるということである。図2には企業が決定するR&D投資水準で(緑の垂直の直線)と、社会的厚生を最大化するためのR&D水準(黒の垂直の直線)が2つの異なる税収の重要度合(β)の下で描かれている。図に示されているように、税収による公共財供給による重要度が高い(β=4)の場合は、企業の選ぶR&D水準よりも低水準のR&Dが社会的には望ましいため、このような場合はR&Dを抑制することで、税収の減少を防ぐことができるため、望ましい政策となる。

さらに、多国籍企業のR&D活動は移転価格の制度に依存するということにも注意が必要である。R&Dが追加的にもたらす2番目の利益は現行の独立企業間価格原則によって生じる効果であり、財の類似性に注目しない摘発方法を採用した場合は生じない。例えば、フォーミュラ・アポーションメントと呼ばれる、多国籍企業の活動シェアに基づいて多国籍企業全体の利潤を各国に割り当てる制度を国によっては採用しており、このような状況ではR&Dによる租税回避目的の動機がなくなり、望ましくないR&D活動を妨げる効果があることが示唆されている。

図2 均衡投資水準と最適投資水準の比較
図2 均衡投資水準と最適投資水準の比較