ノンテクニカルサマリー

都市間貿易における中心地バイアス

執筆者 森 知也 (ファカルティフェロー)/Jens WRONA (デュイスブルク・エッセン大学)
研究プロジェクト 経済集積を基本単位とする地域経済分析経済集積の空間パターンと要因分析手法のための実証枠組の構築
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「経済集積を基本単位とする地域経済分析経済集積の空間パターンと要因分析手法のための実証枠組の構築」プロジェクト

本研究では、国内地域経済において、いわゆる中心地理論に整合する内生的な地域経済圏が形成されていることを日米のデータを用いて示した。中心地理論では、財の多様性とそれに伴う財市場の空間規模の多様性が都市群の人口規模と階層的な空間配置を決定する。鍵になるのは、規模の経済や輸送費に対する感度に関する財の多様性である。参入費用が大きい場合、企業はそれを補うために広大な市場範囲を必要とする。輸送費への依存度が低い財を供給する企業は遠隔地においても競争力があり広大な市場範囲を獲得する。これらの企業は市場が大きい大都市のみに立地し、そこから広範囲に供給する。逆に参入費用が小さい、あるいは輸送費感度が高い産業は多くの都市に立地し、その都市の近辺市場に供給する。このように産業によって立地の空間頻度は異なるが、一方で共通の消費者を介して発生する正の需要外部性により立地都市は重なる傾向にあり、産業立地は図1が示すような空間階層的な構造を持つ。

図1では赤・青・黒財を供給する大・中・小都市群(黒丸)からなる地域経済を示している。赤財は都市1のみから全国に供給される。青財は都市1,2,3からそれぞれの周辺地域に供給され、黒財は全ての都市で供給されている。すべての財を供給する都市1は全国を後背地とする東京のような大都市、青・黒財を供給する都市2,3は大阪や名古屋のような地方中心都市、その他は地方小都市群に対応する。このように、中心地理論は、このような産業と人口の共集積のメカニズムにより、大都市(中心地)と周辺小都市群からなる階層的な地域経済圏の形成を説明する。

図1 産業立地の空間的コーディネーション
図1 産業立地の空間的コーディネーション

図2は、図1の都市1と2, 1と3の間に青材市場範囲に応じて存在する不可視な地域境界を、実際の貿易データを用いて示している。沖縄や離島を除く日本の都市群を東京・大阪・名古屋に関してボロノイ分割して得た3つの都市群(地域)が、それぞれ青・赤・緑色で示されている。大都市に関するボロノイ分割は、中心地理論において大都市とその周辺小都市群で構成される地域経済圏を近似するものである。グラフの青の散布図は東京の後背地(青色の都市)の総移入額に占める東京のシェア、赤の散布図は、大阪・名古屋の後背地(赤・緑色の都市)における総輸入額に占める東京のシェアを示している。回帰線の切片差は論文の主題である「中心地バイアス」であり、「不可視の地域境界」、つまり東京からの距離で説明されない、地域境界を越えることにより生ずる貿易量の減少を捉えている。この境界効果は、一般的な集計重力モデルで推定される中心地から後背地都市への貿易量の40-100%に相当する。

図2 中心地バイアス(不可視の境界効果)
図2 中心地バイアス(不可視の境界効果)

図3は、立地都市数で分類した産業群について、移出都市の、移入側都市における平均市場シェアと出荷距離の関係を示している。立地都市数が小さい産業ほど市場範囲が大きく、図1に示した中心地理論に整合することがわかる。一般的な集計重力モデルでは、距離の効果は貿易量の減少と解釈されるが、実際は産業数が減少する効果が大きいことを示している。

図3 財の市場範囲
図3 財の市場範囲

論文では、中心地バイアスを都市間の貿易産業数・産業内貿易量を始めとする様々な数量カテゴリに分解し、さらに、産業レベルの構造モデルに基づく理論的な要素分解を行い、実経済における都市間貿易パターンと中心地理論との整合性を多角的かつ系統的に示している。

なお、Mori et al. (2020)は、日米を含む6カ国のデータを用いて、本論文と同じ地域経済圏が、都市規模分布の冪乗則を伴う空間的なフラクタル構造を持つことを示している。都市の人口規模は、産業構造を始め都市の多くの社会経済的性質と相関を持つことから、同様の空間的秩序はこれらの社会経済的な性質についても成り立つと推測される。このことは、地域振興政策や交通インフラ整備などの地域への効果は冪乗則の下でおよそゼロサムであり、例えば、高速道路や新幹線網など広域的なインフラ整備を行っても、それら便益は特定の都市/地域に集中しやすいことを意味する。政策効果が直接表出する地域のみならず、便益の関連地域への適切な分配を促す枠組が必要である。本論文は、そのような地域間の広域連携を模索する上で、ガイドとなる地域経済の階層構造を具体的に示している。

参考文献
  • Mori, T., T. E. Smith, and W.-T. Hsu (2020): "Common Power Laws for Cities and Spatial Fractal Structures," Proceedings of the National Academy of Sciences, 117, 6469-75.