ノンテクニカルサマリー

標準必須特許の戦略的公開によるイノベーションの収益化に関する研究

執筆者 Dong HUO (ハルビン工業大学深圳校)/Jianwei DANG (同済大学)/元橋 一之 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト デジタル化とイノベーションエコシステムに関する実証研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「デジタル化とイノベーションエコシステムに関する実証研究」プロジェクト

技術標準の作成プロセスにおいて、参加企業は標準に関連する特許を標準必須特許(Standard Essential Patent)として宣言して、そのライセンス条項に関して公表することとなっている。また、そのライセンス条項としては、FRAND(Fair, Reasonable and Non Discriminatory)であることが求められる。標準必須特許は当該標準技術を活用する企業にとって避けて通れない(Essential)特許であり、必ずライセンスが必要となる。従って、当該必須特許のライセンス料によって研究開発の収益化を行おうとする誘因が強いはずであるが、多くの企業が無償ライセンスを行うというポリシーを採用している。これは、当該標準必須特許そのもので研究開発の収益化を行うのではなく、(他の企業にとっても重要な)当該特許を梃として自社のビジネス全体における収益を最大化するレバレッジ(梃)戦略を取っているからである。本稿は、レバレッジ戦略を2種類(一般的か、個別的か)に分類し、それぞれの有無によって4つに分類される特許戦略の違いが、どのような要因によって異なるかを明らかにしたものである。

まず、IETF(Internet Engineering Task Force Group)の標準必須特許のそれぞれについて、当該特許のライセンスポリシーが①無償ライセンス(ライセンスの必要がないPublic Domain技術とするかライセンスの場合も無償でライセンス)か有償ライセンスか、②当該特許のライセンシーとの間で将来的に特許に関する問題が生じた際に(宣言した)ライセンス条件を見直すことができる「相対条項」を有しているか否か、の2×2の4通りに分類した。無償ライセンスはすべてのライセンシーに適用されるため、自社の特許を中心とする技術領域のユーザー企業を増やすことで、自社の研究開発活動の自由度を確保するための一般的(相手を選ばない)レバレッジ戦略である。一方、「相対条項の有無」は、将来的に特定企業との関係でホールドアップ問題が起きることに対する保険として用意するもので、個別的レバレッジ戦略ということができる。この組み合わせによって、標準必須特許の活用戦略としては、「エコシステム保護」、「エコシステム形成」、「収益化+保護」、「通常の特許収益化」の4種類に分類することができる(表参照)。

表 レバレッジ戦略の有無による特許活用戦略の分類
表 レバレッジ戦略の有無による特許活用戦略の分類

この4つの特許活用戦略の決定要因について分析を行ったところ以下のことが分かった。

  • 特許保有者である企業の特性については、製造業者は、技術提供企業(製造設備などの補完的資源を持たない企業)と比べて、より個別的レバレッジ戦略を用いる(収益化だけでなく、特許をホールドアップ問題の保護に活用する)。
  • エコシステムを形成するかどうかについては、個々の特許の特性によって決まる。①特定の技術標準の中心的な特許である場合、②当該分野に自社において強力な特許ポートフォリオを築いている場合、にエコシステム戦略を取る確率が高まる。
  • 上記の2つの場合において、同時に収益化だけでなく、保護的な活用をする確率も高まる。つまり、図でいうと「エコシステム保護」(左上)と「通常の特許収益化」(右下)の2分化が進む。

本研究によって、まず、特許戦略については企業単位で語られることが多いが(例えば、マイクロソフトの特許戦略は…)、個々の特許において戦略的に持つ意味が異なることを示した。エコシステムの形成についてはオープンイノベーションを進める政策において重要な観点となっているが、大企業やベンチャー企業といった企業タイプ別の検討だけでなく、エコシステム形成に対する誘因について、技術特性や企業における個々の技術の位置づけなどより粒度の小さい分析を進める必要がある。また、知財ポリシーのオープン化(無償提供)は、仲間づくりによるビジネスの拡大といった側面だけでなく、自社の研究の自由度を確保するといったデフェンシブな誘因によるものが多いことも念頭にいれて政策的な議論を進める必要がある。