ノンテクニカルサマリー

企業の年齢分布と存続に関する動学マクロモデル

執筆者 浜野 正樹 (早稲田大学)/大久保 敏弘 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

企業の年齢分布

人に年齢があるように企業にも年齢がある。創業からの年数である。創業年数により企業規模や業績も変化し、企業を取り巻く環境、例えば資金調達の方法も変化していく。スタートアップ時点では銀行から融資を得られないため撤退確率は高く、生産性の高い企業のみが存続する。不況や戦争、自然災害など負のショックにより、創業年数の短い企業は撤退しがちである。また一方、創業年数が長くてもさまざまな理由で突如撤退することもある。

図1は経済産業省企業活動基本調査(2013年調査)における日本の企業(製造業)の年齢分布を示したものである。横軸は創業した年を表している。図から分かるように、今日存続している企業の多くは戦後、高度成長期あたりに創業した企業が多いことが分かる。また戦前に生まれた企業(特に第一次世界大戦後1920年前後あたりや1935年以降の創業の企業)も少なからず生き残っている。

図1:製造業における企業の年齢分布(横軸は創業年)
図1:製造業における企業の年齢分布(横軸は創業年)

市場環境の推計

本論文では、今日存続している企業を過去のさまざまな出来事を経験し生き残ってきた集合体と見る。裏返せば、企業が生まれた時点の市場環境を今日の企業の情報からさかのぼってみることができる。企業の異質性と企業年齢を考慮した簡単な動学モデルを構築することにより創業時点での市場環境を推計した。図2は過去の時点での企業分布(パレートk)や参入費用を推計したものである。

図2:パレートkと参入費用の推計
図2:パレートkと参入費用の推計

図のように1960年代から90年にかけてはkが高く、比較的同質的な企業が多い企業分布をしており、参入費用は戦前と比べて低いことが分かる。戦後の高度成長期から低成長期にかけてのさまざまな産業政策や日本の企業・市場システムが参入を促進し、このような市場環境を作りだした可能性が高い。一方、1990年代後半以降ぐらいからkが低くなり、参入費用は高まっている。図1の実際の年齢分布と合わせて考えれば、戦後の高度成長期から低成長期にかけての産業政策や企業システムの影響もあり、特に高度成長期終盤から低成長期にかけては新規参入しやすい環境にあり、実際多くの企業が参入し今日まで生き残っている。一方、戦前期は参入費用が高い状況のため、生産性の高い企業のみが参入でき、その後の戦争などでさらに高い生産性の企業のみが生き残り今日に至っていると考えられる。

反実仮想

反実仮想として、戦後の産業政策や日本的な企業システムがなく、逆に戦後、高度成長期から低成長期に至るまでの参入コストが高かったと想定し今日の企業分布を推計した。

図3:反実仮想の下での企業年齢分布
図3:反実仮想の下での企業年齢分布

結果、図3のように図1の実際の年齢分布とは対照的に、今日の日本を支える50年代~80年代にかけて創業した企業の多くは存続できていない。特に60年代後半からは90年代後半までは消滅している。一方で90年代終盤以降、2000年代に生まれた企業が多くを占めており、戦前からの企業も多く生き残っている。したがって、経済全体で創業年数が10-20年の若い企業がかなり多くを占めている。今ある経済とは大きく異なり、伝統にとらわれない新しい業種やモノ、新しい企業文化が生まれていたかもしれない。

1923年時点の年齢分布の再現

さらに過去の一時点にさかのぼって年齢分布を推計できる。図4は1923年時点の分布の推計である(青実線)。

図4:1923年当時の企業の年齢分布。推計(青)と実際の分布(オレンジ)
図4:1923年当時の企業の年齢分布。推計(青)と実際の分布(オレンジ)

実際、1923年時点の工場統計表には創業年次別の工場数のデータ(オレンジ点線)があるため、推計された年齢分布と重ね合わせている。われわれの推計は実際の分布と極めて似た分布になっていることが分かる。特に当時、第一次世界大戦後の好況で参入した企業が多くを占めていた。

インプリケーション

このように企業の年齢分布に関する動学モデルを用いて、過去にさかのぼってどのような市場環境だったかを精緻に推計することができる。今日の企業分布は戦後の産業政策や日本的企業システムが大きく影響している。また、今日の参入コストや市場環境は、今後かなり長い将来にわたって影響を及ぼすことが分かる。「失われた30年」の中で、企業の新陳代謝の促進が議論され、参入退出の促進のための政策がとられている。また、中小企業の統合や改廃を促進し経済を活性化させようとする動きもある。こうした政策は単に現在の経済活性化のみならず、長く将来の企業年齢の構成に影響を与えることが分かる。将来、創業年の若い企業を中心に新しい財やサービスが常に生まれては消える企業制度や市場制度を作っていくのか、あるいは経験やノウハウの蓄積された創業年数の長い企業を中心に今の制度を維持し、安定した経済制度を作っていくのか、こうしたことが今問われている。