ノンテクニカルサマリー

パンデミックと国際生産ネットワーク

執筆者 張 紅詠 (上席研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

問題意識

2020年1月頃から始まった新型コロナウイルスの世界的な感染拡大(パンデミック)が国際生産ネットワークに大きな影響を与えた。グローバル・サプライチェーンの重要な参加者としての日本企業の海外生産も大きな打撃を受けたが、その実態はまだ十分明らかになっていない。本研究は、張(2020年)の分析を拡張し、日本企業海外現地法人の集計データを用いてパンデミックが海外生産とサプライチェーンに与えた影響を分析した。具体的には、(1)コロナショックが東アジアとその他の地域における海外事業活動とサプライチェーンに与えた影響はどのぐらい大きかったか、(2)現地政府によるコロナウイルス対策が現地法人にどのような影響を及ぼしたか、(3)パンデミックが現地法人の先行き見通しと事業計画にどのように影響したか、について分析を行った。

分析結果

主要結果は下記の通りである。
(1)2020年第1四半期から第3四半期にかけて、パンデミックが海外現地法人のパフォーマンス(売上高・雇用・投資)とグローバル・サプライチェーン(日本への輸出、第三国への輸出)に大きな負の影響を与えた。図1は、地域別海外現地法人の売上高の推移を示している。中国における売上高は、第1四半期に大きく減少したものの、非常に強いコロナウイルス対策によって感染拡大が抑えられた結果、第2四半期に素早く回復し、第3四半期に大きく拡大した。一方、中国以外の地域、特にASEANにおいて、第3四半期時点はまだ完全に回復していないことが分かった。

図1. 海外現地法人売上高の推移(前年同期比、%)
図1. 海外現地法人売上高の推移(前年同期比、%)
注:中国は香港を含む。NIEsは韓国、台湾とシンガポールを指す。
出所:「海外現地法人四半期調査」より筆者作成。

図2は、主要国別四半期別の感染者数(横軸)と現地法人の売上高の前年同期比(縦軸)の関係を示したものである。この図から、感染者数が多くなると、売上高前年同期比が低くなる傾向がみられる。つまり、感染者数と売上高との間に非常に強い負の相関関係がある。図1と同様、第2四半期に、インドをはじめ、インドネシア、フィリピン、タイ、アメリカ、メキシコ、ブラジルなどでは、急速な感染拡大に伴って売上高が前年同期月比40%以上大きく減少したことが分かった。

図2. コロナウイルス感染者数と売上高
図2. コロナウイルス感染者数と売上高
出所:「海外現地法人四半期調査」、Johns Hopkins University https://coronavirus.jhu.edu/map.htmlより筆者作成

(2)多くの国において、コロナウイルスの感染拡大を抑えるために、現地政府は人の移動と経済活動に対してなんらかの制限措置を取りながら、経済支援策を実施してきた。図3によると、進出先国におけるコロナウイルスに対する全般的な対策(移動制限と経済政策などを含む)と現地法人の売上高に負の相関があり、感染の急拡大していた第2四半期では非常に顕著だった。詳細は論文に参照されたいが、移動制限措置と経済支援政策に分けて分析した結果(国と時間の固定効果をコントロールしても)、進出先国におけるロックダウンと移動制限の影響を受けて海外現地法人の売上高と雇用者数が大きく減少した一方、現地政府による経済支援策の正の効果が見られなかった。

図3. コロナウイルス対策と売上高
図3. コロナウイルス対策と売上高
出所:「海外現地法人四半期調査」、Oxford Blavatnik School of Government Coronavirus Government Response Trackerより筆者作成。

(3)コロナショックは現地法人のパフォーマンスだけでなく、企業の先行きの判断と事業計画にも大きな影響を及ぼした。2020年第1四半期にコロナウイルスの感染拡大により海外現地法人の先行き見通し(Diffusion Index)が悪化した一方、現地政府によるコロナウイルス対策が強くなると現地法人の先行き見通しが良くなるという傾向が観察された。図4からは、2020年第1四半期に、コロナウイルスの全般的な対策が強い国は、売上高が増加すると回答している企業の割合が高くあり、雇用と設備投資を増やすと回答している企業の割合も高いと示している。これは、1-3月期と比較した4-6月期の現状の判断だけでなく、4-6月期と比較した先行きの判断(7-9月期)も同じ傾向が確認された。

図4. コロナウイルス対策と先行き見通し
図4. コロナウイルス対策と先行き見通し
出所:経済産業省「海外現地法人四半期調査」、Oxford Blavatnik School of Government Coronavirus Government Response Trackerより筆者作成。

政策的インプリケーション

新型コロナウイルスのパンデミックによって国際生産ネットワークが大きく変化する可能性がある。UNCTAD (2020)は今後数年間、リショアリング(reshoring)、多様化(diversification)と地域化(regionalization)がグローバル・バリューチェーンの再編をもたらすと指摘している。本研究では、中国における現地法人は2020年第1四半期に大きな影響を受けたが、その後非常に速いスピードで回復できた一方、生産拠点とサプライチェーンの移転先として期待されたASEANでは第3四半期には一番回復していない地域だったと明らかになった。したがって、日本企業にとって中国が依然として非常に重要な生産拠点と市場である。強固なサプライチェーンを構築するには、国内の回帰かASEANへの移転かの二択ではなく、販売・調達の多様化によるリスク分散が必要である。また、本研究では分析できなかったが、サプライチェーンの強靭化するには、ショックの影響を抑えるための在庫やストックの確保、代替しやいような中間財の標準化、地域別・サプライヤー別のリスク・マネジメントなども必要不可欠だ。

本研究では、進出先国におけるコロナウイルスの感染拡大だけでなく、現地政府によるコロナ対策が海外現地法人の先行きの判断と事業計画に大きく影響したことが確認できたが、先行きの判断の悪化および事業計画の見直しとその後実際の企業行動との因果関係まで至らなかった。また、パンデミックの長期化と先行きの不透明によって、現地法人の先行き判断と事業計画に関する企業の主観的不確実性が高くなるとも思われる。残念なことに、本研究に使用した売上高、雇用者数および有形固定資産の取得額に関する重要な情報が含まれているが、2020年4-6月期の調査より「海外現地法人四半期調査」から削除された。今後、企業活動を調査している政府統計の改廃は慎重にしなければならない。

参考文献
  • 張紅詠、「コロナショックと海外生産」、RIETI Special Report、2020年7月8日。
  • UNCTAD (2020) World Investment Report 2020: International Production Beyond the Pandemic.