ノンテクニカルサマリー

労働者・資本家間の企業利潤の分配に関する実証研究

執筆者 大久保 敏弘 (慶應義塾大学)/アレックス=ワグナー (チューリッヒ大学)/山田 和郎 (立命館大学)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

日本経済は「失われた20年」あるいは「30年」と言われて久しい。しかし、低迷する中で大きく変化をしているのが、企業システム、特に企業の利潤分配やガバナンスである。かつての日本型企業システムは変化し、年功序列型賃金、終身雇用制をはじめ、労使協調による雇用と賃金の安定といったシステムが大きく変わってきていると言われている。本論文では企業内の利潤分配と労働シェアの関係に関して日本の企業レベルのデータを用いて分析した。下記の図は利潤の分配構造を見たものであり、経済産業省企業活動基本調査を用いて集計したものである。本論文における企業の利潤は売上高マイナス営業費用合計に、賃金支払いと減価償却費を足したもので導出される。利潤分配は大きく分けると、労働者への賃金支払い、銀行などへの利払い、税金、残余(株主へのリターンなど)である。図のように労働者への賃金の割合が70%を占め一番大きいものの、時系列的に低下してきている。一方で近年シェアが高まっているのは株主へのリターンである。

図 日本企業の利潤分配状況
図 日本企業の利潤分配状況

論文では推計の結果、生産性が低く、小規模、企業年齢が高いほど労働者への賃金シェアが大きいことが分かり、日本的な企業システムが残っている可能性があると言える。また、賃金支払いのシェアが大きくなるほど、景気が悪化した際にも利潤の低下が小さく、負の影響を和らげ柔軟性を高めることが分かった。これはアメリカの先行研究の結果とは逆である。日本では労働者は不況の際、ある種のレバレッジで賃金の引上げや雇用の維持を主張するのではなく、景気変動には順応して労使で協調し、ある種、痛み分けをしている。この結果、企業の成長を維持しているようである。言い換えれば、日本の企業システムは変わりつつあるものの、欧米型の労使関係に移行することなく伝統的な日本型の労使協調するスタイルが守られており、その結果、不況や負の経済ショックの際、その強みを発揮する。これが日本企業の成長を支えていると言える。

今後デジタル化が進んだ場合、例えば、AI(人工知能)が労働を代替する可能性が高い。AIは労働者とは異なり労働組合を作ることもなく賃上げ要求もしない。景気循環に順応になるため、本論文での結果のように労使協調的になる可能性が高く、AIの導入で企業の利潤は成長するだろう。AIのシェアが高まれば、景気のショックの際も企業は成長できるだろう。しかし一方でAIが不得意な分野も多々ある。人間にしかできない仕事やコミュニケーション、協業がある。したがって、自然災害や危機など負の突発的なショックにはうまく対応できず、経済的な危機のあおりを受けて利潤が減る可能性もあるだろう。