ノンテクニカルサマリー

消費税率引き上げ対策と消費者行動:個人サーベイによる分析

執筆者 森川 正之 (副所長)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

1.背景

日本の消費税率は、2019年10月に8%から10%に引き上げられた。過去の消費税率引き上げの際に大きな駆け込み需要とその反動があったことなどから、今般の税率引き上げに際しては、飲食料品及び新聞への軽減税率の導入、需要平準化のための価格設定の柔軟化、中小小売店等におけるキャッシュレス決済へのポイント還元制度、プレミアム付き商品券の販売など様々な対策が採られた。

こうした需要平準化対策は海外でも類例が少なく、先行研究は乏しい。本稿は、今般の消費税率引き上げとこれに付随する各種の対策に対する消費者の反応や評価について、約5,500人の個人を対象とした独自のサーベイに基づく観察事実を提示する。消費者行動や各種施策への主観的評価など統計では十分捉えられない情報を現時点で収集しておくことには一定の意義があるだろう。本稿の主な関心事は、①消費税率引き上げの影響とその個人特性による違い、②軽減税率(複数税率)の導入に対する消費者の見方と現実の消費行動への影響、③ポイント還元制度導入に伴うキャッシュレス決済利用度の変化、ポイント還元制度への消費者の事後評価である。

2.データ

本稿では、「経済の構造変化と生活・消費に関するインターネット調査・フォローアップ調査」の個人レベルのデータである。この調査は2020年1月中旬に実施したもので、5,553人から回答を得た。消費税に関連する設問は、①消費税率引き上げ後の消費支出、②軽減税率導入への評価、③外食支出の変化、④キャッシュレス決済の利用度の変化、⑤ポイント還元制度への評価の5つである。これらの設問への回答を単純集計した上で、性別、年令、就労状態、世帯年収との関係をクロス集計するとともに、個人特性を説明変数とするシンプルな回帰分析を行った。

3.主な分析結果

結果の要点は次の通りである。第一に、消費者のうち70%以上が税率引き上げに伴って実質消費を減少させており、これは標準的なライフサイクル・モデルの理論的予想と整合的である。第二に、軽減税率の導入、キャッシュレス決済への還元制度について、総じて消費者は肯定的に評価しているが、世帯年収や年齢層による違いが見られた(図1参照)。軽減税率は世帯年収500万円未満の比較的低所得層や高齢層が、ポイント還元制度は世帯年収700万円~1,249万円という所得層が肯定的に評価する傾向が見られた。第三に、キャッシュレス決済を始めた人や増やした人は4割以上とかなり多く、世帯年収500~999万円のあたりの中所得層でキャッシュレス決済を増やした人が多い。時限的な政策の終了後にも持続する履歴効果を持つかどうかは改めて検証する必要があるが、キャッシュレス決済の普及促進に対して一定の効果があった可能性を示唆している。第四に、食料品への軽減税率の導入に伴う外食サービスから自宅での食事(=家計内サービス生産)への顕著な代替は観察されなかった。

あくまでもサーベイ・データでの観察事実に過ぎないこと、調査時期においてはまだ「駆け込み需要」の反動が残っていた可能性があることを留保しておきたい。他方、日本国内で新型コロナウイルスの影響が顕著になる前のタイミングで実施した調査なので、この影響が混在している可能性は低い。

図1:消費税率引き上げ対策への評価
図1:消費税率引き上げ対策への評価
図2:キャッシュレス決済利用度の変化
図2:キャッシュレス決済利用度の変化