ノンテクニカルサマリー

第3波直前の我が国における、コロナ禍でのうつ状態と自殺念慮に関するリスクの検討:「新型コロナウイルス流行下における心身の健康状態に関する継続調査」第一回調査結果より

執筆者 宗 未来 (東京歯科大学)/関沢 洋一 (上席研究員)/越智 小枝 (東京慈恵会医科大学)/橋本 空 (ユナイテッドコミュニケーション株式会社)/傳田 健三 (平松記念病院)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

1.背景と研究方法

新型コロナ感染症による生活様式の変化や大幅な経済の縮小といった“コロナ禍”に巻き込まれる形で、社会全体が先の見えないストレスに晒される日々が続いており、国民の心身の健康状態の悪化が危惧される。エビデンスに基づいたメンタルヘルス対策の前提として、実態把握とその分析が急務である。

以上の問題意識の下、経済産業研究所においてインターネット調査「新型コロナウイルス流行下における心身の健康状態に関する継続調査」が2020年10月から2021年10月にかけて5回に分けて行われることになり、2020年10月末にその第1回目が行われた。

本研究では、この第1回目の調査結果を用いて、うつ病や自殺念慮と、複数の危険因子(経済状況、他者との交流、生活の規則正しさ、外出や運動などの諸活動など)との間の関係性を明らかにした。うつ病診断のために開発された質問票であるPHQ-9の得点が10点以上の場合をうつ病と定義し、PHQ-9の問9の得点が1点以上の場合を自殺念慮があると定義した。16,642名の有効回答者について、多変量ロジスティック回帰分析を行い、うつ病(自殺念慮)とそれぞれの危険因子の関係を示した。

2.結果

分析の結果、世帯収入や預貯金額の少ない人々、世帯収入が一年前よりも減少した人々、過去1か月間に仕事以外で電話などの音声によって頻繁に連絡をとった人々、新型コロナウイルスに感染したと診断された人々、昨年同時期よりも運動量が減った人々は、うつ病や自殺念慮を有する割合が高かった。相談相手のいる人々、過去1か月間に仕事以外で知り合いと直接会った人々、過去1か月間にLINEなどの音声を伴わないリアルタイムでの連絡を頻繁に行った人々、規則正しい生活を送る人々は、うつ病や自殺念慮を有する割合が低かった。

この研究は一時点のものなので、残念ながら新型コロナウイルスが登場する以前との比較ができない。新型コロナウイルスの登場以前との比較を行うための数少ない質問として、1年前と比べた収入の変化と、収入に変化があった場合に新型コロナウイルスと関係があると思うかどうかを尋ねている。この質問への回答とうつ病基準を満たした割合の関係を図1で示した。収入が変わらない人々に比べて、減った人々においてうつ病の割合が高い傾向があったが、収入が増えた人々で増えた原因が新型コロナウイルスと関係があると思うと回答した人々でも、うつ病の割合が高い傾向があった。

図1:1年前と比べた収入変化とその原因(新型コロナとの関係の有無)に応じたうつ病の割合
図1:1年前と比べた収入変化とその原因(新型コロナとの関係の有無)に応じたうつ病の割合
(注)PHQ-9の得点が10点以上の場合がうつ病と定義された。諸変数を統制した後の数字が示されている。

3.この研究が示唆すること

この研究では、コロナ禍であっても、知人との適度なコミュニケーションを保ちつつ、困ったことが起きたら1人で溜め込まずに適切な相手に相談をすること、起床・就寝・食事時間などの生活リズムを一定にして過ごすことがメンタルヘルス上有意義である可能性が示唆された。また、これまでの運動量を可能な範囲で維持することの重要性も示唆された。これらは過去の研究に照らしても妥当なものと考えられ、今後日本社会がさまざまな激動があったとしても、われわれが日常で手軽にできる自己防衛策のひとつとして留意できればよいと思われる。

ただし、本研究で示されたことは因果関係までは特定できない横断調査の結果から導かれたものであるため、今後の縦断的追跡調査を通じて更なる検証を行う必要がある。