ノンテクニカルサマリー

中国鉄鋼業における過剰能力削減政策:調整プロセスとしての評価

執筆者 川端 望 (東北大学)/銀 迪 (東北大学)
研究プロジェクト 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第V期)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第V期)」プロジェクト

本稿は、第十三次五カ年規劃の前半期である2016-2018年において実施された中国鉄鋼業の過剰能力削減政策を、経済調整のプロセスとして評価したものである。

中国は世界最大の製鉄国であり、その国際的影響力は極めて大きい。また、中国鉄鋼業は国有企業と民営企業がともに存在して競争する混合市場であり、歴史が長い重工業・素材産業の1つでもある。そのため、鉄鋼業の過剰能力は、中国の経済改革を評価する上での1つの焦点となる。

2015年に、中国鉄鋼業においての稼働率の低下、国有企業の赤字経営問題、貿易摩擦という一連の問題が深刻化した。中国政府はこれを過剰能力に由来するものととらえ、2016-2020年の第十三次五カ年規劃において1-1.5億トンの粗鋼生産能力を削減することを目標として、過剰能力削減政策を実行した。そして、2016-2018年の3年間で1.55億トンの削減を達成したと公表している。しかし、削減の実態はいまだに不明な点が多く、事実関係の解明が必要である。さらに、この政策は中国政府が強調している「市場の役割」と「政府の役割」を適切に発揮したものであるかどうかも検証する余地がある。

本稿では、Dani Rodrikの「プロセスとしての産業政策」という視角によってこの課題に挑んだ。すなわち、産業政策を結果のみから評価するのではなく、「市場の失敗」と「政府の失敗」を是正する仕組みを相対的に促進したかどうかによって判断する観点を取った。具体的には、(1)過剰能力削減政策をめぐる事実関係を解明すること、(2)削減する能力の選別が客観的なルールによって行われ、優勝劣敗の選択が保証されたかどうかを確認すること、(3)政策の執行が国有企業と民営企業の関係を事実上どのように変えたか確認すること、を行った。

分析結果は以下のことを示している。

(1)2016-2018年に実施された過剰能力削減政策は、当初3年で目標を達成したとされた。確かに、その政策は従来に比べると、能力の純減と設備更新を両立させる「能力置換」措置を組み込んだことや、国有ゾンビ企業の破綻処理に踏み込んだ点で、より周到であった。そして、能力の純減とインフォーマル生産(地条鋼)の淘汰に成功した。

しかし、実際の能力削減成果は、政府の宣言とは異なっていた。政府はフォーマルな能力を1.55億トン削減し、加えて1.4億トンのインフォーマル能力を削減したと公表したが、実際にはフォーマルな能力の削減は1億トンにとどまった(図1)。政府の規制をかいくぐって生産している能力が5500万トンも存在したことが「発見」されたからである。こうした生産が生じる根源は、当初予想よりも需要が伸びたにもかかわらず,政府が能力削減の数値目標に固執したことにあった。政府が掌握し切れない能力は、中国鋼鉄工業協会会員企業(相対的に大型の企業)と非会員企業(小型企業)のいずれにも存在する可能性があるが、さしあたり後者の能力が拡大していることが確認できる。

(2)淘汰設備の決定においては、小型設備を違法とみなす基準が機能せず、何が「違法」であるかが客観的に明らかにならないままで、数量目標の達成が至上命題とされた。そして、行政裁量と交渉によって選別が行われた。能力置換策においても、能力純増を禁じる規制を潜り抜けようとする行動が続出した。そのため、公平性と透明性、優勝劣敗の選択が保証されなかった。

(3)過剰能力削減政策は、個別には民営化を伴ったものの、全体としてはゾンビ化した国有企業に対して、設備を温存しつつ財務的な救済、再編成を行った。一方、相対的に小型の民営企業に対しては、容赦ない設備淘汰を行った。そのため、政策は客観的には国有企業の地位を引き上げる作用を持っていた。もっとも、政府の影響力は限られており、政策の執行が及ばないところで民営企業は成長し続けた。

図1:2015-2018年の粗鋼生産能力削減実績
図1:2015-2018年の粗鋼生産能力削減実績
出所:国家統計局公表数値と本稿の分析により、著者作成。

以上を総括すると、過剰能力削減政策は、その数量目標を達成したにもかかわらず、経済調整のプロセスとして見れば、政府が目指したように「市場の資源配置の決定的な役割と政府の役割を十分に発揮」(工信部,2016)するには至っていないというのが、本稿の結論である。

本稿の考察からは、過剰能力削減政策の今後の展開について、以下のインプリケーションを引き出すことができる。

まず政策の問題点として、(1)数量目標を絶対視することが公平性や透明性の軽視につながること、(2)政策の影響は所有形態に対して非対称となること、(3)設備規模基準での選別では企業経営の実態とあわず、優勝劣敗を保証できないこと、(4)および産業統計の精度の粗さや不整合が産業政策の効果的執行、透明性、公平性をいずれも阻害し、また事後の検証を困難にすることがあげられる。これらの諸問題が存在する状況下では、政策の実施により不利益を被る人々は、中国でしばしば「上に政策あれば下に対策あり」と呼ばれる、明示的、あるいは暗黙的の抵抗を強めてしまう。能力調整は一方では強権的な行政裁量、他方では機会主義的行動によって左右されてしまう。このような産業政策は、たとえ需給バランスの調整に寄与することがあっても、公平な競争が行われる産業組織の形成には寄与しないであろう。

他方、政策の達成をより発展させるべき点としては、(1)過剰能力問題を環境問題と結合させること、(2)ゾンビ企業の破綻処理をゾンビ化の防止につなげるために国有企業に対する補助金改革につなげることがあげられる。

中国の産業政策を評価し、その改革を促していくために、これらの論点に留意すべきであろう。

文献:工業和信息化部(2016)「鋼鉄工業調整昇級規劃(2016-2020年)」11月。