ノンテクニカルサマリー

地域の比較優位と企業の輸出行動

執筆者 早川 和伸 (アジア経済研究所)/松浦 寿幸 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト 人口減少下における地域経済の安定的発展の研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「人口減少下における地域経済の安定的発展の研究」プロジェクト

1.研究の背景

急速な少子高齢化に直面し、今後国内市場規模の縮小が避けられないわが国では、今後の収益機会の確保のためには新興国の需要の取り込みが焦眉の課題であるとされている。

人口の地域分布の変化に注目すると、地方で人口が減少する一方で、東京、名古屋、大阪といった三大都市圏や福岡市や札幌市といった都市では人口が緩やかに増加し、都市圏への人口集中が進んでいる。よって、地方における企業が生き残っていくためには、移出や輸出を増やしていくことが重要となる。

最近では、外需の取り込みとしてインバウンドによる観光需要の拡大が注目を集めているが、観光関連のサービス業は一般に生産性の伸び率が低く、一人当たりの所得の大幅な改善を望めない。その意味では、地方経済の活性化には、相対的に高い生産性の成長が期待できる製造業企業による輸出の拡大がより重要な意味を持つ。

本プロジェクトが対象とする九州地域は、地域内の相互依存関係が強く、他の地域に比べて東京経済圏からの自立度が高いと言われており、地理的にも韓国や中国・台湾に近接しており、東アジアへの「ゲートウェイ」と呼ばれることもある。しかし、輸出事業所比率や輸出売上比率は必ずしも高くない(輸出事業所比率と輸出売上比率は、関東でそれぞれ5.2%、11.3%に対して九州・沖縄では2.8%、10.8%)。こうした状況を踏まえ、本研究では、経済産業省「工業統計調査」の調査票情報を用いて事業所(工場)レベルのパネル・データを構築し、各地域の比較優位構造が輸出の意思決定に及ぼす影響を分析した。また、その結果に基づき、特に九州地域の企業の輸出拡大の可能性について議論している。

2.分析の枠組み

ここ約20年の間に主流となった国際経済学の新々貿易理論では、グローバル化の影響は、同一産業内の企業であっても生産性の低い企業と高い企業で異なることが指摘されている。こうした企業間の異質性を考慮するため、企業の輸出に関する意思決定を分析する際には、企業・工場レベルのミクロデータを利用することが主流となってきている。

また、企業が輸出を開始する際には、新市場が求める仕様に製品品質を改善・調整する必要があるため、輸出とイノベーション活動が補完性を持つことが知られている。イノベーション活動には集積に伴う知識の伝播が重要であり、企業や工場が立地する地域にどの程度比較優位産業が立地しているかが重要となる。

本研究では、Hidalgo et al. (2007) 、Hausman and Hidalgo (2011) が提案する製品関連性指標(Product Relatedness Index)を用いて、各地域の関連産業の集積状況を指標化(技術的関連産業集積指標、以下集積指標)し、当該地域における企業・事業所レベルの輸出に関する意思決定への影響を分析した。

3.分析結果

統計分析では、事業所の輸出確率(輸出を開始、あるいは継続する確率)、輸出開始確率(前期輸出していなかった事業所が輸出を開始する確率)、輸出額の変化(前期・当期ともに輸出している事業所対象)について、集積指標の影響について統計分析を行った。分析に用いた地域単位は通勤圏に基づく都市圏であり、概ね都道府県を2地域、あるいは3地域程度に分割した地域区分を用いた。また、同一産業内の企業間の差異を考慮するため集積指標と事業所の生産性の交差項を導入した推計も行っている。

以下、表1は推計結果を示している。表中の〇は統計的に有意な係数が得られたケース、×は得られなかったケースを示す。有意な係数が得られたケースについては集積指標が1標準偏差大きくなったときのインパクトについても計算している。生産性と集積指標の交差項の係数が正で統計的に有意で生産性の高い事業所ほど集積のメリットを多く享受できることも踏まえ、生産性が平均レベルの「平均的事業所」と、生産性が平均より1標準偏差大きい(生産性が上位15%程度の事業所に相当)「優良事業所」を比較している。

表1 推計結果、および集積指標のインパクト
表1 推計結果、および集積指標のインパクト
出所:本文表6、付表4の数値を基に著者らの推計。

まず、結果の統計的な有意性については、集積指標は輸出確率、および輸出開始確率に対して有意な影響を及ぼしているが、輸出額については有意な結果が得られなかった。先行研究では、企業は輸出を開始するタイミングで製品仕様の変更や改良などのイノベーション活動を行うとされており、こうしたイノベーション活動と関連産業の集積が補完性を持つので、輸出開始時への影響が強く出ていると解釈できる。また、そのインパクトの大きさは平均的事業所の輸出確率で1%、優良事業所の輸出確率で1.5%となっている。平均でみた輸出事業所比率は関東で5.2%、九州・沖縄では2.8%であるので、これらの数値はそれなりのインパクトを持っていることが分かる。

4.結びに代えて

本研究は、我が国の製造事業所レベルの輸出に関するパネル・データを用いて、事業所の輸出開始や輸出額の決定に与える影響を分析し、特に地域の比較優位構造の影響について考察した。分析の結果、地域における技術的関連産業の集積が輸出確率を改善させる効果を持つことが分かった。また、その効果は生産性の高い事業所ほど大きくなることも分かった。この結果は、集積の効果を十分に享受し輸出を拡大するためには、一定以上の生産性が必要であることを示唆する。

九州地域の地域別技術的関連産業の集積状況について概観すると、九州北部では軒並み大きな値をとっているほか、熊本や鹿児島周辺の経済圏でも全国平均を上回っており、技術的に関連する産業が集積していることが分かった。こうした地域では輸出拡大のポテンシャルがあると考えられることから、生産性改善をサポートしたり、海外市場の情報提供、流動性制約の解消などの輸出拡大の後押しを図ることが有効な施策となる可能性がある。

参照文献
  • Hausmann, R., Hidalgo C., 2011, The Network Structure of Economic Output, Journal of Economic Growth, 16, 309-342.
  • Hidalgo, C. A., Klinger, B., Barabasi, A, L., Hausmann, R., 2007, The Product Space Conditions the Development of Nations, Science, 317, 482-487.