ノンテクニカルサマリー

コロナ危機下の在宅勤務の生産性:就労者へのサーベイによる分析

執筆者 森川 正之 (所長・CRO)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

1.背景

新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」)の拡大に伴い、世界各国で在宅勤務(WFH: working from home)が急増している。労働者のうちどの程度が、また、どういう産業・職業で在宅勤務が可能なのかについて、既に多くの研究が行われている。また、新型コロナの下で実際にどの程度、どのような属性の人が在宅勤務を行っているのかについてのエビデンスも徐々に現れてきている。

しかし、在宅勤務の生産性がオフィス勤務に比べてどの程度高いのか/低いのかについては、新型コロナ以前の「平時」においていくつかの研究があるものの、対象は一部の特殊な職種であり、結果は分かれている。在宅勤務は職場や通勤時の感染リスクを低減するので感染症の抑制に有効なことは間違いないが、その生産性がどの程度なのかは感染抑止と経済活動のトレードオフの下での最適な政策についてシミュレーションを行う上で重要なパラメーターである。しかし、新型コロナの下で急増した一般のホワイトカラー労働者の在宅勤務の生産性はほとんど分かっていない。

森川 (2020)は、RIETIの役職員を対象に2020年4月に行ったインタビュー調査に基づき、在宅勤務のオフィス勤務との比較での主観的生産性が平均▲28%低いこと、ただし個人によって生産性の分散が非常に大きいことなどを示している。しかし、企業のホワイトカラーにどの程度一般化できるかは何とも言えない。

こうした状況を踏まえ、本論文では2020年6月に独自に行った個人サーベイのデータ(就労者約3,000人)を使用し、①在宅勤務の有無及び実施頻度、②在宅勤務の生産性について観察事実を提示する。

2.在宅勤務の実施状況

雇用者のうち在宅勤務実施者シェアは約32%であり、新型コロナ以前から在宅勤務を行っていた人は約4%に過ぎない。つまり大多数は新型コロナを契機に在宅勤務を始めた人である。高学歴、高賃金、大都市(特に東京都)の大企業に勤務するホワイトカラー労働者が在宅勤務を行っている傾向が強い。感染リスクや外出自粛措置が経済格差拡大的に働くことを示唆している。

在宅勤務の実施頻度は分散が大きい。完全在宅勤務者は約20%に過ぎず、週5日勤務の人の場合3日弱程度在宅勤務というのが平均値である。在宅勤務の頻度を考慮した在宅勤務の労働投入時間シェアは約19%である。長時間通勤者ほど在宅勤務実施確率及びその頻度が高いので、在宅勤務による総通勤時間の減少率を概算すると約▲25%であり、通勤混雑緩和への寄与度は大きい。

「緊急事態宣言」解除後の在宅勤務の変化を見ると、新型コロナ以前からの在宅勤務者では大きな変化がないのに対して、新型コロナを契機に在宅勤務を始めた人のうち約7割は在宅勤務の頻度が減ったり、完全に職場勤務に戻っている(図1参照)。新型コロナ終息後の在宅勤務の希望についても同様の違いが見られる。平時から在宅勤務を行っていた人と異なり、新型コロナを契機とした在宅勤務者は、いわば限界的・緊急避難的な在宅勤務者であることが示唆される。

図1:「緊急事態宣言」解除後の在宅勤務の変化
図1:「緊急事態宣言」解除後の在宅勤務の変化

3.在宅勤務の生産性

在宅勤務の生産性は平均値で職場の約60%、中央値で70%である。あくまでも主観的な生産性ではあるが、その人自身の勤務場所による相対的な生産性の差を尋ねているので、自信過剰/過小などに起因するバイアスはない。新型コロナを契機に開始した人の在宅勤務の生産性は平均約58%で、平時から行っていた人(約77%)に比べて在宅による生産性低下が大きい。この差は、セレクション効果と学習効果の両方を反映していると考えられる。

個人特性別には、高学歴者、高賃金者、長時間通勤者は、在宅勤務による生産性低下が相対的に小さい。性別、年令、企業規模による違いは確認できないが、意外にも非正規雇用者は在宅勤務を行っている場合の生産性低下が小さい。予想外の急な業務や職場のコーディネーションの役割を担っていないことが理由として考えられる。

在宅勤務の生産性が職場に比べて低下する理由としては、フェイス・トゥ・フェイスでの情報交換の欠如、自宅の情報通信設備の制約、法令や社内ルールによる制約などが多く挙げられた。

図2:在宅勤務の生産性
図2:在宅勤務の生産性

4.含意

以上の結果は、在宅勤務の生産性を改善するためには情報通信インフラの整備、法令や社内ルールの見直しが重要なことを示唆している。ただし、IT化が進展する中にあってもデジタル化しにくい重要な情報交換がフェイス・トゥ・フェイスで行われることは、在宅勤務の生産性が職場並みになることの制約となる。在宅勤務の「平均的な」生産性は、学習効果を折り込んだとしても職場の70~80%前後に収斂すると考えられる。これをさらに引き上げようとすれば、フェイス・トゥ・フェイスにより近い形のコミュニケーションを可能にするような通信インフラや利用方法のイノベーションが必要になるだろう。

参照文献
  • 森川正之 (2020). 「コロナ危機と在宅勤務の生産性」, 小林慶一郎・森川正之編著『コロナ危機の経済学:提言と分析』, 日本経済新聞出版, pp. 285–299.