ノンテクニカルサマリー

九州における旅館・ホテルの費用効率性:電子商取引もしくは個別事業との関連

執筆者 後閑 利隆 (日本貿易振興機構アジア経済研究所)
研究プロジェクト 人口減少下における地域経済の安定的発展の研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「人口減少下における地域経済の安定的発展の研究」プロジェクト

九州では、宿泊業の生産性の向上を目的とした取り組みがなされている。九州経済連合会による平成28年9月の「観光振興に関する要望」では、旅館業における生産性向上の推進が挙げられた。具体的な政策としては、「長崎県宿泊業等生産性向上促進事業」にて優れた取り組みに対する補助金が平成28年度から支給されている。

本稿では、電子商取引および宿泊以外の事業が旅館ホテルの費用効率性にどのような影響を及ぼすかを調べた。旅館ホテルが行う電子商取引とは、宿泊の予約などインターネットを介して受発注が確定した商取引を指し、ホームページでの広告掲載や見積もり資料請求への対応などの商取引の準備行為ではない。分析の対象とする旅館ホテルは、シティホテル、観光ホテル、ビジネスホテル、駅前旅館、割烹旅館、および民宿から成る。石原(2018、78頁)では、ホテル・旅館の業態と機能の組み合わせとして、ビジネスホテル、バジェットホテルおよびB&B旅館は単機能を提供することが示された。そのため、本稿の宿泊以外の消費者向け事業を行わなかった旅館ホテルは、ビジネスホテル、バジェットホテルおよびB&B旅館を含むと考えられる。費用効率性は、賃金の増減では説明できない、技術上の向上や低下を表す。

本稿では、平成24年および平成28年経済センサス-活動調査の調査票情報などから、2期のパネルデータを作成し、固定効果モデルを用いる。時間とともに変化した旅館ホテルの状況や属性が費用効率性を変化させた可能性がある。そのため、旅館ホテルの属性の変化を示す変数として、宿泊以外に行う個別事業の増減を本稿では扱う。具体的には、2期間に開始もしくは中止された個別事業は、経済センサス-活動調査分類表による分類で九州の41事業と全国の99事業であった。さらに、平成24年から平成28年までに九州で特定の旅館ホテルに影響を与えた出来事に平成28年熊本地震は該当すると思われる。そのため、平成28年熊本地震に関する変数も本稿で扱う。

九州の特性を明らかにするために、九州だけのサンプルと全国のサンプルのそれぞれから得られた結果を比較した。さらに、宿泊以外の消費者向け事業を行わなかった旅館ホテルのサンプル、および、宿泊以外の消費者向け事業を行った旅館ホテルのサンプルのそれぞれを分析した。

分析の結果の概要は、表に記載されたとおりである。

電子商取引と費用効率性の関係は、旅館ホテルの特性により異なった。宿泊以外の消費者向け事業を行わなかった旅館ホテルのうち、(a)消費者のみとの電子商取引を中止した旅館ホテルでは、費用効率性が向上した可能性が見られ、(b)消費者とも企業とも電子商取引を開始(中止)した旅館ホテルの費用効率性は向上(低下)した可能性が見られた。ただし、(a)の消費者のみとの電子商取引を中止した旅館ホテルについては、九州のサンプルでは、全国のサンプルほど、統計的に有意な結果を得られなかった。一方で、宿泊以外の消費者向け事業を行った旅館ホテルでは、九州と全国において、電子商取引の開始や中止は、費用効率性の変化とは概ね無関係であると見られた。

さらに、九州と全国において、消費者との電子商取引の売上額の変化、および、売り上げに占める消費者との電子商取引の割合の変化は、費用効率性の変化とは概して無関係であると見られた。

次に、費用効率性と個別事業との関係は個別事業ごとに異なることが明らかになった。まず、個別事業の総数の増減、消費者向け個別事業の総数の増減、および、非消費者向け個別事業の総数の増減は費用効率性の変化とは概して無関係であると見られた。一方で、1)ある個別事業の開始(中止)は費用効率性を向上(低下)させる可能性があり、2)別の個別事業の開始(中止)は費用効率性を低下(向上)させる可能性があり、3)費用効率性とは概して無関係と見られる個別事業もあった。九州のサンプルでは、1)に該当した個別事業はその他デザイン、旅行業、映画館・興行事業、カラオケボックス、社会教育施設提供事業、職員教育施設・支援事業、スポーツ・健康教授、その他教育学習支援、および、その他のサービスであり、2)に該当した個別事業は建物売買、建築設計、その他の技術サービス、洗濯取次事業、食品賃加工、および、し尿収集運搬であった。全国のサンプルでは、1)に該当した個別事業は業務用パッケージソフトウェア、ウェブコンテンツ配信、セキュリティサービス、貸家、グラフィックデザイン、マルチメディアデザイン、その他デザイン、芸術家、持ち株会社事業、その他の専門サービス、機械設計(基本設計)、作業環境測定、その他の技術サービス、理容、物品預かり、結婚相談・結婚式場紹介、写真現像・焼付、パチンコホール、カラオケボックス、その他の職業・教育支援施設、生花・茶道教授、外国語会話教授(教室)、浄化槽保守点検、ごみ収集運搬、産業廃棄物収集運搬、および、その他の修理であり、1)に該当した個別事業は受託計算サービス、その他の情報処理サービス(インターネットによるもの)、その他のサイト運営、産業用機械器具、事務用機械器具、著述家、屋外広告、インターネット広告、その他土木建築サービス、写真事業(商業写真を除く)、洗濯物取次、美容、食品賃加工、芸ぎ、職業訓練施設、および、情報通信機械器具修理であった。このように、費用効率性と関係があるとみられる個々の事業は九州と全国でほぼ異なる。全サンプルおよび宿泊以外の消費者向け事業を行わなかった旅館ホテルのサンプルのそれぞれで、中止(開始)により旅館ホテルの費用効率性が九州と全国で共通して向上(低下)した可能性のある事業は「食品賃加工」のみであり、開始(中止)により旅館ホテルの費用効率性が九州と全国で共通して向上(低下)した可能性のある事業は「その他デザイン」のみであった。ただし、「その他デザイン」にはさまざまな事業が含まれるため、具体的な事業内容が九州と全国で異なる可能性がある。他にも、旅館ホテルが行った個別事業の開始や中止が費用効率性に与える影響は、電子商取引の開始や中止が費用効率性に与える影響を上回る場合がありうると見られた。

以上から、費用効率性を向上させるために、ある事業を新たに開始するか、もしくは、既存のある事業を中止するかについて、個々の事業ごとに慎重に判断する必要があると言える。また、九州の旅館ホテルよりも全国の旅館ホテルの方が多様な事業が行われていたので、九州の旅館ホテルにとって参考となる個別事業があると思われる。しかしながら、費用効率性と関係があるとみられる個々の事業は九州と全国でほぼ異なることから、他地域の個別事業を参考とする際に、九州の地域特性を踏まえる必要があると言える。地域特性を踏まえた、関連事業の適切な選択を促すことにより、宿泊業の費用効率性の向上を支援する施策として、情報の提供が考えられる。

なお、平成28年熊本地震で震度6弱以上であった大字に立地する旅館ホテルの費用効率性は、宿泊以外の消費者向け事業を行わなかった旅館ホテルにおいて、向上した可能性が高いと見られた。一方で、宿泊以外の消費者向け事業を行った旅館ホテルの費用効率性の変化は、平成28年熊本地震とは概して無関係であると見られた。

九州 全国
消費者向けサービスが宿泊のみの旅館ホテル 消費者向けサービスが宿泊だけでない旅館ホテル 消費者向けサービスが宿泊のみの旅館ホテル 消費者向けサービスが宿泊だけでない旅館ホテル
消費者との電子商取引ダミー
企業との電子商取引ダミー
消費者かつ企業との電子商取引ダミー
平成28熊本地震ダミー
平成28年ダミー
定数項
+は費用効率性が低下したことを示す。-は費用効率性が向上したことを示す。…は影響が統計的に有意でないことを示す。
引用文献
  • 石原敏孝「宿泊産業」竹内正人・竹内利江・山田浩之編著『入門観光学』ミネルヴァ書房 2018年