ノンテクニカルサマリー

インバウンド台頭期における九州の産業集積のマーケットポテンシャルが企業活動と港湾の利活用に与える影響に関するパネルデータ分析

執筆者 亀山 嘉大 (佐賀大学)
研究プロジェクト 人口減少下における地域経済の安定的発展の研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「人口減少下における地域経済の安定的発展の研究」プロジェクト

わが国では、経済産業省の「産業クラスター計画」(2001年)、文部科学省の「知的クラスター創成事業」(2002年)、内閣府の「構造改革特区」(2003年)などの補助金や規制緩和をもとに、産学官連携を活用した研究開発の強化による地域活性化が進められている。このような製造業の振興とあわせて、2003年のビジット・ジャパン・キャンペーン(VJC:Visit Japan Campaign)以降、インバウンドの誘致を推進してきた。訪日外国人旅行者は、昨今の新型コロナウイルスの世界的な流行まで増加の一途を辿ってきた。図表Aは、2001~18年における国際収支の推移を示している。2001~15年にかけて貿易収支の黒字幅が減少していく中、サービス収支の赤字幅が減少している。

図表A:日本の貿易収支とサービス収支の推移
図表A:日本の貿易収支とサービス収支の推移

財の輸出入の収支である貿易収支は、2001~10年の期間に上下動を繰り返していたが、2011年の東日本大震災を契機に大幅に減少し、2014年には-10.5兆円を記録している。2016年にプラスに転じたが、東日本大震災以前の水準に戻っていない。一方、サービスの輸出入の収支であるサービス収支(=輸送収支+旅行収支+その他のサービス)は、2001年の-5.6兆円から徐々にマイナスの幅を小さくしているが、2018年でも-0.8兆円を記録している。サービス収支は、インバウンドの誘致による“外貨獲得”の動向でもある。インバウンドの拡大を見ると、リーディングインダストリーが製造業から観光業にシフトしてきたようにも見える。

LCCやクルーズ船の航続可能距離の関係もあって、特に東アジア地域から出港してくる外国船主のクルーズ船は、九州・沖縄管内で寄港回数を増やしてきた(図表B)。博多港、長崎港などを例外として、大部分の寄港地はもともとコンテナやバルクの港湾であったものを用途変更し、チャーターバスなどで観光地や中心地を結んでいる。これらの港湾は、本来、製造業の輸出入で活用されるために開港された港湾であり、九州の産業集積の動向と関係があったものと想定できる。

図表B:九州・沖縄地区の主要10港における外国船主クルーズ船の寄港回数と対全国シェア
図表B:九州・沖縄地区の主要10港における外国船主クルーズ船の寄港回数と対全国シェア
注:九州・沖縄地区の主要10港は、九州・沖縄管区の主要8港に、北九州港と門司税関の管轄である下関港を加えたものである。その他は、全国から九州・沖縄地区の主要10港を引いたものである。
出所:亀山(2019)、元データは、国土交通省港湾局監修『数字でみる港湾』(各年版),国土交通省「2018年の訪日クルーズ旅客数とクルーズ船の寄港回数(速報値)」の別紙(https://www.mlit.go.jp/report/press/port04_hh_000238.html)をもとに、関係の港湾管理者からの聞き取り調査の情報を追加して筆者作成

実際、過去の新産業都市や工業整備特別地域に基づく地域開発では、経済計画(産業政策)である産業集積の形成と輸送計画(交通政策)である港湾や高速道路の整備が連動していた。しかし、「産業クラスター計画」や「知的クラスター創成事業」は、国内企業の研究開発の強化を意図しており、港湾の利活用の向上に繋がっているかどうかわからない。一方で、VJCは、訪日外国人旅行者の誘致を意図しており、島国である日本への来日手段であるLCCの就航本数の増加や空港の利便性の向上、さらには、外国船主クルーズ船の寄港回数や港湾の利便性の向上に繋がってきた。

この間隙を埋めるために、本稿では、九州・沖縄管区においてクルーズ船の寄港が増えている12の港湾(都市)とその後背地に立地している製造業事業所に焦点を当てた。「個々の企業の製造品出荷額を輸送費で割り引き産業別に集計した地域需要の大きさ」で定義したマーケットポテンシャル(MP)を都道府県間の製造業の輸送費に基づき算出した上で、第1に、MPが企業の生産性や賃金にどのような影響を与えているのか、第2に、MPや港湾の機能が物流にどのような影響を与えているのかを分析した。MPによって、輸送費の低減を含む産業集積の効果が検証できる。

図表Cで示したように、第1の製造業事業所に対する分析結果から、12都市の事業所の生産活動(生産性や賃金)にMPが寄与していることが分かった。第2の港湾物流に対する分析結果から、12都市の港湾の物流(特に貨物取扱量)にMPや港湾施設への投資規模が寄与していることが分かった。MPは、九州地域の製造業の生産活動(生産性や賃金)、さらには、港湾施設の利活用の向上に繋がっていることから、地域でMPを高めることが重要である。MPを高めるためには、例えば、港湾へのアクセス道路を更新するなど(域内の)輸送費の削減に繋がる政策や投資が必要である。

図表C:MPの効果の有無
図表C:MPの効果の有無
注:MPの効果が統計的に有意で符号条件を満たしているものは○、有意でないものは×で示している。
参考文献
  • 亀山嘉大(2019)「北九州港ひびきコンテナターミナルに寄港したクルーズ船の船員の観光行動のオプション価値-CVMによる計測と要因分析から-」『海運経済研究』53, pp. 71-80.