ノンテクニカルサマリー

認知能力及び非認知能力が賃金に与える影響について

執筆者 安井 健悟 (青山学院大学)/佐野 晋平 (千葉大学)/久米 功一 (東洋大学)/鶴 光太郎 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 労働市場制度改革
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「労働市場制度改革」プロジェクト

IQや学力テストのスコアで計測されるような知能を示す認知能力(cognitive ability)が高い教育水準の達成や労働市場における良い成果といった社会経済的成功にとって重要であることは、これまでも多くの研究で明らかにされてきた。一方、近年、認知能力では測れない非認知能力(non-cognitive ability)が着目され、成績・学歴、職業人生、犯罪、健康・寿命といった人生のさまざまな分野における成果・結果にとって重要であることが経済学分野でも認識され、欧米では研究が進んでいる。

このような中で、認知能力と非認知能力が賃金に与える影響について、日本のデータを用いた既存研究はわずかである。われわれが知る限り、認知能力の影響についてはHanushek et al.(2015)、非認知能力の影響についてはLee and Ohtake(2018)が挙げられる程度である。しかしながら、既存研究も指摘するように認知能力と非認知能力が相互に連関しているため、どちらかだけを分析に用いると、それぞれの影響を正しく推定することができないという問題が生じる。そこで、本論文は日本で初めて認知能力とさまざまな非認知能力の賃金に対する影響について同時に分析を行った。

本論文で用いたデータは、『全世代的な教育・訓練と認知・非認知能力に関するインターネット調査』の個票データである。このデータの特徴は、サンプルの代表性を一定程度保ちつつ、オンラインならではのテストを行うことで、認知能力および非認知能力の情報について十分な観測数を確保した点である。認知能力としては、まず、CRT(Cognitive Reflection Test: 認知的熟慮性テスト)のスコアを用いた。そして、追加的な分析において、OECDによるEducation & Skills Online Assessmentというテストの読解力と数的思考力の指標を用いた。非認知能力としては、ビッグファイブ(外向性、協調性、勤勉性、情緒安定性、経験への開放性の5つの特性により構成される性格5因子)、Self-Esteem(自尊感情)、Locus of Control(統制の所在)を用いた。

また、認知能力と非認知能力の影響を分析する際に平均的な影響を推定するだけでは不十分である。低賃金(低スキル)労働者と高賃金(高スキル)労働者では労働市場で高く評価される能力も異なると考えられるからだ。そこで、本論文では分位点回帰を用いて、各分位における認知能力と非認知能力の影響を推定した。

図は、サンプルを男女で分けて、賃金に対する認知能力と非認知能力の影響をOLSと分位点回帰で推定した結果を示している。

図:OLSと分位点回帰による賃金関数の推定結果
図:OLSと分位点回帰による賃金関数の推定結果
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注:被説明変数は対数賃金である。認知能力と非認知能力の変数はすべて標準化されており、10%以下で統計的に有意な係数のみをグラフにしている。q10からq90は分位点回帰における10パーセンタイルから90パーセンタイルであることを示す。説明変数として、潜在経験年数、潜在経験年数2乗、学歴、12歳時点居住都道府県が統制されている。男性の観測数は2210、女性の観測数は1745である。

非認知能力の影響については、第一に、協調性が女性の賃金に負の影響を与えていることを確認した。これは、既存の海外研究と整合的な結果である。また、特に女性の高賃金労働者で、協調性の負の影響が強いことも海外の分析とも概ね共通している点である。一方、男性については有意ではなく、10パーセンタイルにおいてのみ正であった。

次に、勤勉性、情緒安定性、経験への開放性については、我々の分析結果からは幅広い影響はみられなかった。勤勉性は男女とも90パーセンタイルのみにおいて正であった。情緒安定性については、女性の場合のみ正の影響があった。経験の開放性については、男性の30パーセンタイルと50パーセンタイルのみにおいて負の影響があった。

一方、外向性は男性の全分位と女性の中分位で正の影響が得られた。外向性は有意な影響を与えないことが多い海外の研究結果とは異なるが、Lee and Ohtake (2018)とは矛盾しない結果となっている。慎重に解釈すべきではあるが、日本の特徴的な結果と言えるかもしれない。

ビッグファイブ以外の非認知能力である自尊感情と統制の所在については、男女ともに自尊感情のみが正の影響を持つことが確認された。ただし、特に自尊感情については、賃金が自尊感情に影響する逆の因果を考慮して解釈する必要がある。

認知能力については、CRTは非認知能力をコントロールしても男女ともに正の影響を持つことが分かった。表では示していないが、OECDデータを使って、数的スコア、言語スコアの影響をみると、数的スコアの方が言語スコアより大きいことが分かった。

以上、日本の場合においても、認知能力と非認知能力の双方が賃金という労働市場における個人の成果に影響を与えることが確認され、両者を共に伸ばしていく取り組みの重要性を示唆する。特に、認知能力では数的思考、非認知能力では外向性と自尊感情の影響の強さが確認されたことを考慮すると、そうした能力への取り組みをより意識することも有用かもしれない。ただし、例えば、内向的な人を日本の労働市場が活かせていないとも解釈できるかもしれず、内向的な人が活躍できるような仕組み作りが必要だというインプリケーションもありうるので、慎重に検討していく必要がある。

参考文献
  • Hanushek, E. A., Schwerdt, G., Wiederhold, S., & Woessmann, L. (2015). Returns to skills around the world: Evidence from PIAAC. European Economic Review, 73, 103-130.
  • Lee, S. Y., & Ohtake, F. (2018). Is being agreeable a key to success or failure in the labor market?. Journal of the Japanese and International Economies, 49, 8-27.