ノンテクニカルサマリー

ITサービス化は日本企業の生産性を高めるか:クラウドコンピューティング、CIOと日本企業のパフォーマンス

執筆者 金 榮愨 (専修大学)/乾 友彦 (学習院大学)
研究プロジェクト 人工知能のマクロ・ミクロ経済動態に与える影響と諸課題への対応の分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「人工知能のマクロ・ミクロ経済動態に与える影響と諸課題への対応の分析」プロジェクト

情報技術(Information Technology, IT)は経済の生産性に貢献するのか。生産性の成長が重要な課題である日本経済にとっては重要な問題である。Fukao et al. (2016) は、日本のIT投資が出遅れており、不十分な投資のため、ITから十分な利益を得ていないと指摘している。自前のIT投資から、クラウドコンピューティングの利用のように外部からのIT サービスの購入へと、企業のIT投資が大きくシフトしている近年では、生産性への貢献は、特に重要な問題である。

日本産業生産性データベース2018年版(Japan Industrial Productivity Database 2018、以下JIP2018)によれば、日本経済において、自前のIT投資によるIT投入(ハードウェアとソフトウェアのための費用)と外部のITサービスによるIT投入の対粗生産比率がハードウェアから、ソフトウェア、外部のITサービス中心に変化している(図1)。日本経済のITにおいてもサービス化が進んでいるといえよう。

図1:自前のIT投入(ハードウェアとソフトウェア)とITサービス投入の粗生産との比率
(1994年~2015年、単位:%)
図1:自前のIT投入(ハードウェアとソフトウェア)とITサービス投入の粗生産との比率
(資料)JIPデータベース2018を使用して、筆者作成。

しかしながらVan Ark(2016)は、ITサービスの購入の増加が必ずしも企業の生産性の向上に結びついていないことを指摘している。その要因としてITサービスの利用が初期段階にあり、その効果が発揮されるのに時間がかかることを指摘している。本稿では、経済産業省の「企業活動基本調査」と「情報処理実態調査」をマッチングすることによって、企業レベルでのIT投資、特にクラウドコンピューティンと情報システム統括役員(Chief Information Officer, CIO)の導入を概観し、企業のパフォーマンスに与える影響を検証している。

「情報処理実態調査」によれば、日本においてクラウドコンピューティングを導入している企業は2008年の10%未満から2016年60%まで上昇しており、CIOが在籍する企業は2008年35%(兼任含む)から2016年48%まで増加している。米国よりは遅いもののITのサービス化と組織への定着も進んでいる。表はクラウドコンピューティングの導入と企業パフォーマンスの関係をHausman-Taylor推計によって分析した結果である。生産性の高い大企業がクラウドコンピューティングの導入にも積極的である可能性を表す企業の固定効果(Dcloud)をコントロールしても、クラウドコンピューティングの導入は企業の生産性に正の貢献(平均約0.5%向上)をするが、それはコスト削減より売り上げの増加(Yが平均約1.9%増加)によるものである(なお、売上の増加は特に主産業でない産業で特に多い)。また、海外展開にも正の影響(平均約1.5%増加)を与える。

表:クラウドコンピューティングと企業パフォーマンス
表:クラウドコンピューティングと企業パフォーマンス
出典:「企業活動基本調査」と「情報処理実態調査」より著者作成。Hausman-Taylor推計結果。TFP, Y, L, K, M, export, #affil., #affil.osは、それぞれ全要素生産性、売上、従業員数、固定資本、中間投入、直接輸出額、子会社数、海外子会社数を表す。Ageは企業年齢を、Dcloudはクラウドコンピューティング導入の経験がある企業固定効果を、Icloudはクラウドコンピューティング導入の時1を取り、そうでない場合に0を取るダミー変数である。推計には産業×年ダミー変数が含まれる。

一方、日本企業で導入が遅れているCIOに関して、同様の分析を行った。CIOの在籍も売上、特に主産業での売上の増加をもたらすが、雇用や中間投入も有意に増加させ、結果的に生産性自体に対する影響は確認できなかった。

企業のイノベーション活動に関する分析からは、クラウドコンピューティングの導入と社内CIOの存在がR&Dには有意な影響は与えないが、特許保有件数を増加させることは確認された。これは、社内の情報の共通化と流通の円滑化を通して、イノベーション活動が効率的になったためと考えられる。

クラウドコンピューティングは外部にITサービスを頼ることから、学習効果を犠牲にする可能性もあるが、総じて企業の生産性を向上させる。CIOはITによって企業のイノベーション活動を支援すると考えられる。しかし、このようなITの生産性への貢献は一部の企業に限られている可能性もある。図2は「情報処理実態調査」において、ITサービス費用がIT関連費用全体に占める割合の分布を描いたもので、ITのサービス化が一部の企業に限られていることを示している。近年になるほど、ITサービスへの支出が増加することが確認できるが、ITサービス費用が全体の10%以下の企業も非常に多く、2015年でも約40%程度の企業がITの殆どを自前で行っている。

図2:ITサービス費用 / IT費用(企業)
図2:ITサービス費用 / IT費用(企業)
出典:「情報処理実態調査」より著者作成。

ITサービスが企業や経済の生産性に貢献するためには、経営者のIT活用の理解度の向上とともに、組織改革、他企業との連携、経済全般の改革などを必要とする。個別企業で確認されるITサービスの貢献が経済全体に広がるためにも、そのメカニズムに対する追加的な研究とともに、中小企業などでITサービス導入を妨げる諸要因を解決する政策も必要であろう。

参考文献
  • Fukao, K., Ikeuchi, K., Kim, Y., and Kwon, H. U. (2016). Why was Japan left behind in the ICT revolution?, Telecommunications Policy, 40(5), 432-449.
  • Van Ark, B. (2016), "The Productivity Paradox of the New Digital Economy," International Productivity Monitor, 31: 3-18.