ノンテクニカルサマリー

中国における電子商取引分野に関する法規制―独占禁止法、反不正当競争法及び電子商取引法を中心に―

執筆者 川島 富士雄 (神戸大学)
研究プロジェクト 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第IV期)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第IV期)」プロジェクト

中国においてはアリババが運営するECモール(タオバオ、Tモール)に代表される電子商取引が急拡大しただけでなく、日本以上にスマホ決済が普及したことを受け、配車サービス、シェア自転車、ネット出前等さまざまなIT関連の新事業が展開されている。現在、そうした新事業者は、資本関係等を通じて、上記のECモール第1位のアリババ(電子決済サービス・アリペイも運営)とテンセント(10億超のユーザーベースを有するウィーチャット(中国版LINE)や電子決済サービス・ウィーチャットペイを運営)のいずれかのグループに統合され、2大ITコングロマリットが形成されつつある。本稿では、日米欧においてGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)に代表されるIT大手事業者に対する独占禁止法・競争法等による法規制が強化されつつある現状と対比しながら、中国におけるIT大手事業者に対する法規制、とりわけ独占禁止法、反不正当競争法及び電子商取引法の規制の動向を、具体的事例を交えながら紹介し、その特徴と限界を明らかにし、かつ海外市場での規制や国際ルール形成に対しどのような示唆が得られるか検討する。

本稿で得られた知見をまとめ、今後を展望すれば以下の通りである。

第1に、中国におけるネット二大帝国形成の現状(本文3(1)及び表1)は、プラットフォーム分野での勝者総取り(Winner takes all)のリスクを体現している。中国市場の状況は、データ市場での集中に加え、エコシステム間競争の観点も重要であることを示唆しており、日本におけるヤフー・LINE統合計画(ペイペイとLINEペイも統合)の評価において、参照する価値がある。

表1:アリババ及びテンセントの関連企業一覧
テンセント系 市場 アリババ系
微信支付
(ウィーチャットペイ)
スマホ決済 支付宝(アリペイ)
微信
(ウィーチャット)
SNS
京東(JDドットコム)
唯品会(Vipshop)
ネット通販 淘宝網(タオバオ)
天猫(Tモール)
美団外売 ネット出前 餓了麽
摩拝単車(モバイク)
(美団単車に改名)
シェア自転車 ofo(オフォ)
ハローバイク
美団打車、滴滴出行※ 配車アプリ 滴滴出行※

第2に、実際にプラットフォーム事業者は市場シェアのわずかな低下にも神経質になる等(本文3(3)の浙江省海塩市ネット出前事件)、間接ネットワーク効果やデータ集積のフィードバックを意識した行動をとっている。

第3に、ネット市場の動態性や新規参入の容易さを重視するテンセント事件最高人民法院判決を受け(本文3(2))、従来、ネット通販等電子商取引での独禁法規制は不活発であった。

第4に、中国の有力プラットフォーム事業者らは経営戦略として「二選一(二者択一)」を恒常的に採用している。アリババによる二選一は京東の民事訴訟に発展している一方で、行政当局の規制の動きは鈍いままである。2019年に制定された市場支配的地位の濫用規制に関する暫定規定、2020年初に公表された独禁法改正案ともに、インターネット分野の市場を意識し、同市場における規制を活発化させる可能性のある規定が盛り込まれ、かつ行政当局幹部が具体的に規制の姿勢を示す等の動きが見られるが、今後、実際に法執行が行われるのか注目に値する。

第5に、独禁法の間隙を埋めるように、反不正当競争法2017年改正法第12条(技術手段による顧客選択妨害行為禁止)、2018年電子商取引法第35条等が導入された(3(3)及び(4))。両法違反に対する制裁金額が少額であるが、市場支配的地位や競争排除・制限効果の立証が不要であるため、より機動的規制展開が予想でき、実際にも前者を適用した事例はいくつかみられる。しかし、二選一慣行の横行は、これらの法規制導入後も止まる気配がなく、制裁金額が同違反行為のもたらす利益と比較して、あまりに小さすぎるとの批判の声も提起されている。

第6に、企業結合規制は諸外国と同様、中国においても売上高基準の不適切さ、取引額基準の導入の必要性が認識されている(本文3(2))。

第7に、一般的な優越的地位濫用規制は学説や事業者の反対に遭い2017年反不正当競争法改正で不採用に終わった。他方で、2018年電子商取引法第35条が電子商務プラットフォーム事業者による不合理な費用の収受等を禁止するに至った。この規制が、日本の独禁法の優越的地位の濫用規制に相当する規制に発展するかどうか注目に値する(本文3(3)及び(4)) 。

今後の展望の第1として、アリババ及びテンセントは強い政治的影響力が指摘されるが、ゲーム規制等では頻繁に規制対象となっている他、電子商取引法で特別規制の対象ともなった。従来、独禁法規制の対象から免れてきたのは政治的聖域故、裁判所や規制当局が「手心」を加えてきたからなのか、「偶然の結果」なのかは明らかではない。一方、アリババ及びテンセントは多数の独禁法専門家をインハウスの弁護士又は研究者として抱える他、独禁法関係の会議のスポンサーとして頻繁に名前を連ねている。これらの行動は、むしろ独禁法規制の刃が自らに向くことをおそれており、「不可触聖域」と自己認識していない故の行動にも見える。

他方で第2に、上記の両グループの独禁法コミュニティへの食い込みは、すさまじいものがあり、執行当局も既に彼らに取り込まれている(キャプチャー)おそれすら感じさせる。当局者は現在、インターネット分野に対する規制が従来行われていない理由として、「新領域であるため研究中である」ことを挙げるのが慣例となっているが、事実上、必要な規制を先延ばしする結果となっている懸念がある。反不正当競争法及び電子商取引法による規制が有効でないことが明らかになる中、独禁法による規制が活発化するか注目される。

第3に、電子商取引に関する国際ルールの動きとしては、2019年12月に発効した「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)」の第14章(電子商取引)や米国・メキシコ・カナダ(USMCA)協定(未発効)の第19章(デジタル貿易)に続くものとして、2020年1月21日、シンガポール、ニュージーランド及びチリが、デジタル貿易に関する新協定「デジタル経済パートナーシップ協定(the Digital Economy Partnership Agreement; DEPA)」交渉を実質的に終えた。同協定には、金融機関と外部のシステムをつなぐアプリケーションプログラミングインタフェース(API)の開放を促進する規定等、競争政策の観点から注目すべき規定が見られる。今後、中国におけるスマホ決済を含むフィンテックの発展状況も考慮に入れながら、国際ルールを設計することも重要な課題となろう。