ノンテクニカルサマリー

卸売・小売サービス価格指数の長期遡及推計-価格・数量の分離問題と生産性

執筆者 野村 浩二 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 生産性格差と産業競争力
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「生産性格差と産業競争力」プロジェクト

卸売・小売業(商業部門)は日本経済の競争力評価において鍵となる産業であるが、そのサービス生産額における価格と数量の分離問題など、経済測定としての課題が長く指摘されてきた。日本の国民経済計算(JSNA)や産業連関表接続表では、卸売・小売業が提供するサービスの価格と取扱商品の価格が比例すると仮定されている。ゆえにそこでは、卸売・小売業のサービスとしての品質の改善努力はまったく考慮されず、またPCなど商品自体の品質改善は商業サービスにおける品質変化でもあると測定されてしまう。こうした問題をどう改善できるだろうか? 米国では2000年代半ばからマージン調査に基づく卸売・小売サービスの生産者価格指数が新たに構築され、日本でも2019年6月より日本銀行は卸売サービス価格指数の推計値の公表を開始している。それは商品価格自体とは切り離した、卸売サービスの価格指数である。

本稿は、そうしたマージン調査が適用できない過去のデータに対し、望ましい長期遡及推計値の検討とともに商業部門の生産性評価を行うことを目的としている。そのため本稿では、商業部門のサービス品質の改善はマージン額の上昇を伴うとの前提のもと、卸売では5740分類、小売では6888分類へと細分化したレベルにおいて、取引対象となる仕入額およびマージン額において、その価格と数量からなる卸売・小売サービス生産データベース(Wholesale and Retail Services Production Database of Japan: WRJ)を構築している。WRJでは、異なる仮定に基づく複数のケースが設定され、比較検討される。その基準ケースは、商品取扱量一単位あたりのマージン額の変化を、価格と数量の両方の変化として等しく分割するCase 4である。商業サービスとしての価格指数が推計されている米国との国際比較を通じて、Case 4が良い近似であると評価される。

長期の価格指数としてみれば、商業部門全体では全観測期間(1955–2017年)における現行JSNAの価格推計値(年平均成長率1.40%)はWRJのCase 4(同1.39%)と類似している。しかし期間別には、現行JSNA推計値は大きな測定バイアスを持っている。現行JSNAの推計値は、1955–80年ではWRJ推計範囲と整合するものの、1980–2005年では商業サービスの価格上昇は過小に(生産拡大は過大に)評価されており、また対照的に2005–17年では価格上昇は過大に(生産拡大は過小に)評価されている。

図1は、JSNAとWRJのCase 4での価格推計値に基づき、商業部門における全要素生産性(TFP)の推計値の長期時系列を比較している(その期間平均成長率比較は図2にある)。全測定期間のTFP成長率や高度経済成長期の推移では両者は近似しているが、もっとも大きな乖離は第一次オイルショック時にある。現行JSNAでは、原油価格の急騰による一般物価全般の上昇は商業サービス価格の上昇としても評価され、商業部門のTFPを大きく低下させる方向へ導いている。しかし、トイレットペーパーからさまざまな日用品へと広がった買い溜めなどの誘発は必ずしも商業サービスの産出量を低下させるものとはならず、WRJによればむしろその期間におけるTFP成長は加速している。

図1:商業部門のTFP指数:現行推計とWRJ改定
図1:商業部門のTFP指数:現行推計とWRJ改定

他方、1990年代以降の商業部門のTFP成長率の低迷は、WRJにおいてより顕著である。JSNAに基づくTFP測定値では、1990年代前半期は年率3.4%と、バブル期の1980年代後半(4.4%)からのわずかな低下に留まるが、WRJに基づく測定では同期間に3.4%から1.5%まで大きく減速している(図2)。現行JSNAに基づくTFP成長率としての過大評価は、1980年代後半から2000年代半ばまで継続している。マクロ経済に対してきわめて大きな影響を与える商業部門におけるTFP推計値としての改訂は、日本経済のTFP成長率が1990年代に入り大きく低下したという観察事実をより強固なものとしている。しかし2005年以降では、現行JSNAに基づくTFP成長率は、年率0.3ポイントほど過小評価されているなど、回復局面を過小評価する。日本の長期経済成長のより適切な描写のためには、商業部門の価格と数量の分離問題を遡及して改訂する意義は大きいと考えられる。

図2:商業部門のTFP成長率:現行推計とWRJ改定
図2:商業部門のTFP成長率:現行推計とWRJ改定