ノンテクニカルサマリー

市場拡大再算定の経済分析:薬剤費抑制効果の検証

執筆者 西川 浩平 (摂南大学)/大橋 弘 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 産業組織に関する基盤的政策研究
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「産業組織に関する基盤的政策研究」プロジェクト

市場拡大再算定とは、予想を大きく上回る販売量を記録した医薬品に対して、その価格を最大25%引き下げるという制度である。伸び続ける薬剤費の抑制が喫緊の政策課題であるわが国において、急速に普及した医薬品の価格を強制的に引き下げる市場拡大再算定は、医療費の財源対策として活用されている。その一方で、日本製薬団体連合会などは、価格の大幅な引き下げは製薬会社の売上高減少につながりかねず、この減少が研究開発費の抑制につながり、結果として新薬開発のインセンティブを阻害するとし、その撤廃を求めている。

本稿は、2012年4月に市場拡大再算定に指定されたアーチスト、メインテートを含む降圧剤市場を対象に、市場拡大再算定が市場構造、薬剤費に及ぼした影響を定量的に明らかにすることを目的にする。アーチスト(一部の容量)、メインテート(全部)は、ジェネリック版が同時期に上市されていたため、市場拡大再算定によるジェネリック医薬品普及への影響も併せて評価することが可能となる。2012年4月の診療報酬改定では薬剤費抑制を目的に、ジェネリック医薬品の普及を促す種々のインセンティブが導入された。このような状況で、ジェネリック版が上市されている医薬品を市場拡大再算定に指定すると、先発医薬品とジェネリック医薬品との価格差が縮小し、ジェネリック版への切り替えが十分に進まず、薬剤費抑制の効果が限定される可能性が考えられる。

本稿の分析を通じて、次の3点が明らかとなった。まず、ヘドニック分析を用いて市場拡大再算定による追加的な価格の引き下げ幅を試算した。結果として、アーチストでは平均5.5円、メインテートでは平均11.2円だけ価格がさらに押し下げられ、ジェネリック医薬品との価格差は縮小した。次に、離散選択モデルに基づく需要関数を推定したところ、アーチスト、メインテートの需要の価格弾力性は、それぞれ-7.21、-7.87と非常に大きく、需要者は価格の変化に対して敏感に反応する状況が示された。さらに降圧剤は作用機序内での代替が強く、アーチスト、メインテートの大幅な薬価の引き下げによる影響は、同様の薬理作用を有する降圧剤で大きい傾向にあることも明らかとなった。

最後に、これら分析結果を用いて、市場拡大再算定の降圧剤市場への影響を試算した。表のシナリオ1と観測値の比較から明らかなように、薬価が大幅に引き下げられたことで、アーチスト、メインテートの先発医薬品はともにシェア、売上高(薬価ベース)を増大させた。アーチストを例にとると、シェアを28.8%(=(2.58-2.00)/2.00)、売上高を12.7%(=(4.26-3.78)/3.78)増大させたことになる。他方、競合するテノーミンについては、アーチスト、メインテートへの切り替えが進んだことで、シェア、売上高をともに10%ほど低下させており、製薬会社側の懸念とは異なる結果となった。薬剤費については、アーチスト、メインテートのジェネリック普及率(注1)が、それぞれ23.8%、18.1%押し下げられたこともあり、削減には成功したものの、その効果は-0.14%に止まる結果となった。ただし、シナリオ2で示される、2012年のジェネリック普及政策と整合するよう、市場拡大再算定の指定をジェネリック版が上市されていない医薬品に限定していれば、現実よりも大きい-0.27%の薬剤費抑制を実現できたことを示す結果も得られた。

これらの分析結果は市場拡大再算定に関して、次の政策的含意を提供する。2018年に市場拡大再算定の特例が導入されたことで、財源対策としての市場拡大再算定の活用はさらに加速すると予想される。今回の分析結果により、市場拡大再算定は政府の目的である薬剤費の抑制を実現でき、さらに他の政策(ジェネリック普及策)との整合性を図ることで、より効率的な削減を達成できる可能性が示唆された。しかしながら、指定された医薬品の売上高が大幅に増大した一方で、競合品の売上高が大きく低下したように、市場拡大再算定は市場構造を大きく歪ませる。このような状況において、市場拡大再算定を財源対策として活用していくのであれば、一律のルールに従い指定する医薬品の選定や薬価引き下げ率を決めていくのではなく、事前のシミュレーション等を通じて、薬剤費抑制効果が大きく、かつ市場の歪みが最小限に抑えられるよう、弾力的に運用していくことが求められるのではないか。

市場拡大再算定による市場への影響
表:市場拡大再算定による市場への影響
※シナリオ1は市場拡大再算定がないケース、シナリオ2はジェネリック版が上市されていない医薬品のみ指定するケース、観測値は現状の市場拡大再算定が採用されているケースに該当する。なお、薬価ベースでみた売上高は薬剤費と等しい金額である。
脚注
  1. ^ ジェネリック普及率は、アーチスト(メインテート)全体のシェアに占めるジェネリック医薬品のシェアで計算される。シナリオ1におけるアーチスト、メインテートを例にとると、それぞれ27.0%(=0.74/2.74)、51.0%(=0.87/1.71)である。