ノンテクニカルサマリー

九州における産業集積とスタートアップの成長

執筆者 浜口 伸明 (ファカルティフェロー)/岡野 秀之 (九州経済調査協会)/筬島 修三 (九州経済連合会)
研究プロジェクト 人口減少下における地域経済の安定的発展の研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「人口減少下における地域経済の安定的発展の研究」プロジェクト

これまで九州経済は豊かな自然資源に基づいて発展した農業、鉄鋼産業、化学産業、およびそれらの関連産業、あるいは中央から進出した企業の支店および半導体・自動車の分工場の生産活動が重要な基盤産業であった。近年、国際競争の激化や企業の生産拠点の海外移転、交通通信手段の発達に伴う「支店経済」の縮小などの制約条件が顕在化しており、新たな成長の原動力が求められている。

そのような中で、福岡市は全国で有数のスタートアップの先進地域として注目を集めている。福岡市は2014年5月に国家戦略特区「グローバル創業・雇用創出特区」に指定され、スタートアップ法人減税(法人市民税が最大5年間全額免除、所得税の最大5年間所得金額の20%を控除)の他、さまざまな規制緩和の適用を受けている。起業の準備や諸手続きの相談と情報提供を行う会員制のスタートアップカフェや、シェアオフィス、コワーキングスペースを提供するFukuoka Growth Nextを設置するなどの支援策も実施されている。

そこで本論文では、九州におけるスタートアップ企業の立地要因を分析した。全国的な動向と比較して九州の特徴を明らかにしたい。

本稿では、先行研究であるGlaeser and Kerr (2009)の分析方法に倣い、スタートアップの立地に影響を与える地域要因として、収益性を高める効果と初期費用を抑制する効果があると考えた。そして、この2つの地域立地要因に作用を与える地域変数として、既存の産業集積の規模、地域産業の多様性、小規模な企業が活発に操業する競争的な市場環境、他地域から知識の導入をもたらす人口の流動性、地域内における金融へのアクセスの影響を検証した。全国市区町村データを用いて分析を行ったところ、表に示したように地域変数の地域立地要因への作用が確認された。すなわち、スタートアップ企業の収益性が高くなるのは、地域産業の集積の規模が大きく、人口の流動性が高く他地域からの知識導入が活発である場合だが、競争の程度が強いことは収益性を低める。産業構造が多様であることと、活発な競争と地域の人口流動性の高さ、金融へのアクセスの良さがスタートアップの初期費用を抑制する効果を持つが、産業集積の規模が大きいことは費用を高めてしまう。

地域変数がスタートアップ企業の立地要因に与える影響
全国 九州
スタートアップの
収益性を高める
スタートアップの
初期費用を抑制する
スタートアップの
収益性を高める
スタートアップの
初期費用を抑制する
産業規模
市場競争度
産業多様性
人口流動性
金融
… は影響が統計的に有意でないことを示している。

次に九州の市区町村データを用いて同様の分析を行ったところ、収益性への影響は産業集積規模と人口流動性について全国と同じであるが、市場競争の負の影響は検出されない、初期費用への影響は産業規模、多様性、人口流動性、金融の影響が消え、市場競争の活発さの効果だけが残った。これらの欠けている要因を強化すること、すなわち産業の多様性を高め、他地域からの知識の導入を図り、金融へのアクセス環境を高めることにより、九州におけるスタートアップをさらに促進できることが期待される。

金融面では、日本の各地域で地銀系のベンチャーキャピタルが大学・行政と包括協定を結び積極的に投資先を探したり、マッチングしたりするようになっていることが注目される。九州でもそのような動きは活発である。シリコンバレーのベンチャー投資家は車で1時間以上かかる企業には投資しないと言われている(Griffith 2007)。金融機能が低いエコシステムで創出される地方のスタートアップは小規模のまま留まるか、成長過程で東京に流出せざるを得ないだろう。日本におけるベンチャーキャピタルは全体的に規模が小さく、東京に著しく集中している原因は地方の金融機能の弱さと関連がありそうだ。

九州は、東京一極集中が進む国土構造において辺土であるといえるが、世界的に見れば九州だけで一国を成すほど十分に大きな人口規模を持つ経済圏であり、成長著しいアジア経済へのフロンティアでもある。集積の経済により、成功して大きく成長する企業が需要の中心地に中核的事業を移していくことはやむを得ないといえる。しかし宮本(宮本 1959、p.67)が指摘するように、歴史の移り目にはいつも新興のいわば遅れた地域が作用してくるものだ。封建制ヨーロッパの辺境でありながら産業革命が起きたイギリスが然り、アメリカの西漸運動の終点であるカリフォルニアで誕生したシリコンバレーが然りである。歴史上、日本も中国、インドの文明が支配したアジアの辺土だと言える。また、現在中国で最も活力あるイノベーションが起こっているのは、北京や上海ではなく深圳である。そうであれば、九州は成長著しいアジア経済へのフロンティアにあることを活かし、また東京から程よく遠いことを逆に地の利として、新しい事業を次々に創造するダイナミックな先進性を発揮し、ただ九州のためにではなく、東京一極集中で硬直化した日本経済を再び活性化する役割が期待できるのではないだろうか。

参考文献
  • Glaeser, Edward L. and Kerr, William R. (2009) "Local industrial conditions and entrepreneurship: How much the spatial distribution can we explan?" Journal of Economics and Management Strategy 18(3): 623-663.
  • Griffith, T. L., Yam, P. J. and Subramaniam, S. (2007) "Silicon valley's 'one-hour'distance rule and managing return on location." Venture Capital 9.2: 85-106.
  • 宮本又次(1959)『九州』弘文堂