ノンテクニカルサマリー

日本産業の基礎研究と産学連携のイノベーション効果とスピルオーバー効果

執筆者 長岡 貞男 (ファカルティフェロー)/枝村 一磨 (神奈川大学)/大西 宏一郎 (早稲田大学)/塚田 尚稔 (新潟県立大学)/内藤 祐介 (株式会社人工生命研究所)/門脇 諒 (一橋大学)
研究プロジェクト イノベーション政策のフロンティア:マイクロデータからのエビデンス
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

イノベーションプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「イノベーション政策のフロンティア:マイクロデータからのエビデンス」プロジェクト

日本産業がもたらしたブレークスルー(ハイブリッド、リチュームイオン電池、LED、スタチン、ビジネス・ジェットなど)は、企業における基礎的な研究に裏打ちされたケースが多い。本研究は、企業の基礎研究が当該企業による研究開発の成果全体にどのような役割を果たしているか、企業の基礎研究がどのような要因で決定されているのか、それが知識のスピルオーバーを通してどのように他企業、他産業に波及し、経済的外部効果をもたらしているかを分析している。同時に、企業の研究開発の成果に大きな影響を与えている情報通信分野の研究開発についても分析をしている。分析に当たり、企業レベル、年レベルの研究活動に関する詳細なデータが必要となるため、「科学技術研究調査」及び「経済産業省企業活動基本調査」の調査票情報やIIPパテントデータベース、PATSTATを接合し、分析用のデータベースを構築したうえで、企業の固定効果モデルや変量効果モデルを用いて実証分析を行った。分析結果のハイライトは以下の通りである。

(1) 1984年から2016年の長期パネルデータによって、基礎研究は応用、開発研究の対象となるプロジェクトの創出と適切な選択など、その生産性を乗数的に長期に高めることで研究開発パフォーマンスを高める効果があることが確認された。研究開発のパフォーマンスを、審査官引用ベースの被引用件数、特許出願件数(ファミリーベース)、研究開発のサイエンス集約度(発明で開示されたサイエンス文献の利用頻度)、更に上場企業についてトービンのqのいずれで把握しても成立する。不確実性が高い基礎研究には資金制約がより強いことを考慮すると、独自性の高い基礎研究を政策的に支援することで、応用開発研究の水準も高めることができるので、効率的である。 このような基礎研究促進の効果は、本研究で分析した、以下の産学連携の効果が例証をしている。以下の図1は、企業の産学連携研究支出、受託研究支出のストックの伸び等が、当該企業の基礎研究、応用研究、開発研究等をどの程度拡大させたか、その弾力性を示しているが、基礎研究より、応用研究の弾力性が高く、開発研究も有意に拡大する(開発研究の規模は基礎研究の約10倍なので、低い伸び率でも金額は大きい)。

図1:産学連携研究、企業の政府機関からの受託研究、サイエンス活用機会と日本企業の研究開発
図1:産学連携研究、企業の政府機関からの受託研究、サイエンス活用機会と日本企業の研究開発
注)統計的有意:産学連携(基礎、応用、開発)、受託(基礎、開発)、サイエンス活用機会(基礎)

(2) 情報通信技術は、研究開発の道具としても、新製品を創出する上でも従来から重要であり、AIやビッグデータを活用機会の拡大で更に、その重要性は高まっているが、日本産業の情報通信分野の研究開発は2007年をピークとして約3分の2に減少している。本稿の分析によると、以下の図2に示すように、日本産業の情報処理分野の研究開発投資はかつてはプレミアムを持っていた(他分野よりイノベーションへの効果が大きかった)のが、近年ではディスカウントとなっていることが判明した。グローバルな垂直分業の進展に対応できる、効率的な事業と研究開発体制の構築が重要となっていることが示唆される。

図2:情報通信分野の研究開発投資の効果:プレミアムからディスカウントへ
図2:情報通信分野の研究開発投資の効果:プレミアムからディスカウントへ

(3) 技術スピルオーバーは、研究開発の経済全体への外部効果として重要である。本研究は、日本企業間のスピルオーバーを、企業間ペアのパネルデータで分析した。その結果、スピルオーバーは産業間が重要であり、特許の引用関係で評価すると、8割以上が異産業間で生じていること、企業の基礎研究は異業種間のスピルオーバーを、需要面と供給面の両方で拡大する効果があること、スピルオーバーは、企業間の類似性に依存するが、市場や研究開発分野の重なりとは別に、人材の専門分野が重要であること、そして、スピルオーバーは内生的であり、市場や研究開発分野の重なりが大きくなると減少する傾向も明らかとなった(研究開発の差別化への誘因が高まることを反映しており、このような内生性も異産業が重要な理由である)。異産業間の技術のスピルオーバーが大きいことは、産業が行う研究開発も外部効果が大きい可能性を示唆しており、また、異産業間の共同研究や技術提携を促すことで効果的な研究開発が促進できる可能性を示唆している。

(4) 研究開発投資を基礎研究、応用研究、開発研究にわけて考え、それぞれ固定効果モデルと変量効果モデルでパネルデータ分析を行った。分析を行う際には、研究費ストックとして、研究費総額をストック化したものを用いる場合と、基礎研究費、応用研究費、開発研究費をそれぞれストック化したものを用いる場合の2パターンで推計を行った。推計の結果、技術的な距離が近い他社の基礎研究が自社の応用研究費を増加させる一方で、同様の他社による開発研究は自社の応用研究費を抑制させることなどの知見が得られた。他社からのスピルオーバーにはプラスの効果だけではなく、研究開発成果の先取りや競争激化による負の効果もあることを示唆する結果である。こうした要因をコントロールしても、固定効果推計の結果によると、産学官連携を進めると基礎研究や応用研究が活発化すること、非特許論文が増加すると基礎研究費は増加するが、応用研究費や開発研究費には影響しないことが示唆されている。