ノンテクニカルサマリー

為替レート、アウトソーシングと企業の輸出ダイナミクス

執筆者 乾 友彦 (学習院大学)/金 榮愨 (専修大学)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

東アジア産業生産性プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

一般的に円安は日本企業の輸出を増加させると予想される。1990年以降の実質実効為替レートの推移をみると、2014,2015年に日本円は最も安く(円安、ドル高)、輸出額の大幅な増加が期待されたものの、実際はあまり増加しなかった。本研究は、為替レートの変化が企業の輸出額にどのような影響を与えるかを企業レベルで検証することで、円安の輸出促進効果が弱まった要因を考察することを意図している。分析に使用したデータは以下の通りである。企業別貿易額のデータは経済産業省企業活動基本調査の調査票情報より作成、為替レートについては、世界銀行による日本と貿易相手国別の為替レート、消費者物価指数を利用して実質為替レートを求め、さらに日本産業生産性(JIP)データベースの産業別・貿易相手国別輸入及び輸出額を用いて産業ごとに異なる実質実効為替レートを作成した。

為替レートに対する輸出額の弾力性(輸出が為替レートにどれほど敏感に反応するか)は当該企業の輸入額の程度に影響される可能性がある。ベルギー企業のデータを使用した研究(Amiti, Itskhoki, and Konings, 2014)は、通貨安(通貨高)が中間財輸入企業の限界費用を上げる(下げる)ことによって、当該企業の国際競争力を下げ(上げ)、結果として輸出額の増加(減少)幅は縮小することを指摘している。本研究の分析結果においても同様な結果が、日本企業の輸出行動に関して確認された。為替レートに対する輸出額の弾力性は約0.81あるが、この弾力性は、企業の輸入集約度(輸入額/中間投入額)が高まるほど低下する。例えば、輸入集約度が推計期間における日本の輸出企業の平均である12%であるとすると、弾力性は0.68まで低下する。

生産のグローバル化、特にアジア地域との分業深化によって日本企業の近年の輸入集約度が年々高まっていることから、輸出額の弾力性は今後更に低まることが予想される。日本の輸出と輸入を同時に行っている企業(Two-way trader)の輸入集約度をみると、1997年約9%から2015年約16%まで上昇している。この集約度の上昇は、図にみられる通り、アジア地域からの輸入額が中間投入額全体に占める割合が増加したことが主因である。

図:アジア地域からの輸入/中間投入額
図:アジア地域からの輸入/中間投入額
出所:「企業活動基本調査」から筆者作成
注:Importerは当該年度に輸入を行っている企業、Two-way traderは輸入と輸出の両方を行っている企業、Exporterは輸出を行っている企業を意味する。

本研究の結果は、円安は企業の輸出額を増加させる効果があるが、その感応度は企業の輸入額の増加とともに低下することを示唆する。近年の円安に対して輸出額が以前より鈍い反応を示している一因は、輸入額、特にアジアからの中間財などの輸入額の増加によるものと考えられる。

本研究では非輸出企業が為替レートの変化によって輸出を開始する効果も検証しているが、その効果は非常に限定的で、推計結果から有意な効果は確認できなかった。この結果は、輸出促進策として最も有効であると考えられる円安が新しい輸出企業を生み出す効果は限定的であることを意味する。加えてグローバル調達が広まってきている現在の日本経済において、円安による既存の輸出企業の輸出促進効果も限定的になることが予想される。企業の輸出を促進するためには、円安促進よりも企業の国際競争力の向上を支援することが望ましいと思われる。

参考文献

Amiti, M., O. Itskhoki, and J. Konings (2014), "Importers, exporters, and exchange rate disconnect," The American Economic Review, 104(7): 1942-1978.