ノンテクニカルサマリー

企業成長、資金制約と政策金融

執筆者 Tim E. DORE (Federal Reserve Board)/岡崎 哲二 (ファカルティフェロー)/大西 健 (Federal Reserve Board)/若森 直樹 (東京大学)
研究プロジェクト 産業政策の歴史的評価
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究(第五期:2020〜2023年度)
「産業政策の歴史的評価」プロジェクト

本論文では、政策金融による追加的な資金供給が中小企業の成長に与える効果を、日本における中小企業向け政策金融制度を対象として研究した。具体的には、日本政策金融公庫から提供を受けた小規模事業者経営改善融資制度(マル経融資)の企業別・年別データを中小企業の財務データベースと統合し、マル経融資を受けた企業(処置群)と受けていない企業(比較対照群)のパフォーマンスを比較した。

主要な結果は表1に報告されている。ここでは、政策金融の効果を定量的に識別するため、傾向スコアを用いて処置群の企業に比較対照群の企業をマッチングしたうえで、従業員数、総資産固定資産、有形固定資産、売上高等の変数の、前者へのマル経融資開始前後における変化を、両グループの間で比較している。すなわち、マッチングを行ったうえで「差の差」を調べるという分析を行った。こうすることで、マル経融資対象となる企業がもともとそれ以外の企業と異なる性質を持っていることに起因する推定バイアスを取り除いている。実際、表1の-3年、-2年の行が示すように、マル経融資実施以前の期間については処置群と比較対照群の間で上記の諸変数に統計的に有意な差は認められない。一方マル経融資が開始されると、処置群の企業と比較対照群の企業の間に有意な差が生じている。

処置群、すなわちマル経融資を受けた企業は、それ以外の企業と比較して、融資実行直後に固定資産、雇用と長期・短期借入金が増加し、その後数年にわたってその水準を維持している。一方、売上高は直ちに増加するわけではないが、数年にわたって徐々に増加している。また両グループ間の差の大きさは従業員数で5-6%、総資産で2-4%、有形固定資産と長期・短期借入金では15%前後と相当大きな値となっている。これらの結果は政策金融が中小企業の成長にプラスの影響を与えたことを示している。ただし、労働生産性やROAなどの指標は長期的に渡って改善しているわけではないことに注意されたい。また、長短期借入金については処置群のマル経融資借り入れ直後に増加し、その後その水準を維持していることから、比較対照群は政策金融以外の資金調達先を見いだすことが難しく、実際に資金制約に直面していることを示唆していると考えられる。

以上のように本論文は政策金融の効果を明らかにしているが、この効果とそれを得るための費用の比較は行っていない。マル経融資制度のために政府と地方自治体が合わせて多額のコストを負担している。この費用と政策金融効果の比較は今後の研究課題として残されている。

表:中小企業の成長に対するマル経融資のインパクト
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