ノンテクニカルサマリー

排出権取引と国際貿易

執筆者 石川 城太 (ファカルティフェロー)/清野 一治/蓬田 守弘 (上智大学)
研究プロジェクト グローバル経済が直面する政策課題の分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「グローバル経済が直面する政策課題の分析」プロジェクト

世界の平均気温は、温室効果ガスの影響によって1880年から2012年の間に0.85℃上昇した。地球温暖化による気候変動によって、豪雨、干ばつ、熱波、大型の台風やハリケーンなどが、以前より頻繁に観測されるようになり、われわれの生活に大変深刻な影響を及ぼしつつある。温室効果ガスの大半を二酸化炭素が占めるが、2017年の主な国別の排出量は、図のようになっている。

図1:世界の二酸化炭素排出量に占める主要国の排出割合と各国の一人当たりの排出量の比較(2017年)
図1:世界の二酸化炭素排出量に占める主要国の排出割合と各国の一人当たりの排出量の比較(2017年)
出典)EDMC/エネルギー・経済統計要覧2020年版
全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(https://www.jccca.org/)より
図2:世界の二酸化炭素排出量(2017年)
図2:世界の二酸化炭素排出量(2017年)
出典)EDMC/エネルギー・経済統計要覧2020年版
全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイト(https://www.jccca.org/)より

地球温暖化対策として、1997年の京都議定書で排出権取引が認められた。EUは、市場メカニズムに基づく排出権取引が温室効果ガスの削減目標を最小の費用で達成できるとの考えから、2005年にキャップ&トレード型のEU排出権取引制度を導入した。

世界銀行によると、2020年8月現在、世界では28の排出権取引制度が導入され、さらに3つの排出権取引制度が導入される予定である。しかし、国際的な排出権取引は、EU排出権取引制度のみにとどまっている。2016年のパリ協定では、全ての参加国(197カ国・地域、2020年8月時点で189カ国・地域が批准)が2020年以降の温室効果ガス削減・抑制目標を定めることになっており、今後排出権取引制度の拡充が予想される。

本稿では、簡単な2国2財一般均衡モデルを構築して、財貿易と温室効果ガス排出権取引が地球温暖化と経済厚生にどのような影響を及ぼすかを理論的に分析している。モデルは、リカードモデルとヘクシャー=オリーンモデルのハイブリッド型である。得られた主な結論は、以下のとおりである。

財貿易における比較優位が1人あたりの排出量の相違のみから生じる場合には、財貿易が世界全体の温室効果ガスを増加させることはあっても減少させることはない。もし比較優位が財の生産技術の相違にも依存する場合には、財貿易が効率的な生産や生産過程において温室効果ガスの排出が少ない財への特化を促すことで、世界全体の温室効果ガスが減少する可能性がある。しかし、国際的な排出権取引は、利用されていない排出権に利用機会を与えうるため、世界全体の温室効果ガスを増加させることはあっても減少させることはない。国際排出権取引が経済厚生を改善するかどうかは、それが財貿易の交易条件と地球温暖化にどのような影響を及ぼすかに依存する。他国と比べてより大きな1人あたりの排出権が認められたとしても、国際排出権取引のもとでは、その国が排出権を輸入するような均衡が存在し、温暖化を悪化させるのみならず、財貿易の交易条件も悪化させることで経済厚生を大幅に悪化させてしまう可能性がある。

以上の結果から、国際的な排出権取引制度については慎重な制度設計が必要であるとの政策的含意が得られる。排出権取引を導入するのであれば、とくに途上国の排出割当は厳格に適用されるものであるべきだ。途上国に寛容な割当を認めることで途上国の排出権取引制度導入を促すべきとの意見があるが、その意見には議論の余地が残る。中でも、途上国に寛容な排出権を与えれば、国際排出権市場で余った排出権を販売できるので途上国の経済厚生に寄与するという議論は必ずしも正しくない。