ノンテクニカルサマリー

生まれ月がスキルやスキル形成に及ぼす影響

執筆者 山口 慎太郎 (東京大学)/伊藤 寛武 (慶応義塾大学SFC研究所)/中室 牧子 (慶応義塾大学)
研究プロジェクト 日本におけるエビデンスに基づく政策形成の定着
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

政策評価プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「日本におけるエビデンスに基づく政策形成の定着」プロジェクト

「早生まれの子どもたちは損なのか」――これが本稿の投げかける最もシンプルな問いである。プロの野球選手やサッカー選手には4月生まれが多いという話は有名である。しかし、こうした生まれ月格差は、スポーツ選手だけに限ったものではない。国際比較可能な学力調査を用いた論文によれば、同じ学年内で最も相対的に年齢の高い4月生まれ(海外の場合は9月生まれ)と3月生まれ(8月生まれ)を小学校4年生時点の学力テストで比較すると、イギリスは3.6, アイスランドは2.8, 日本は3.2, ノルウェイは2.8の差があることが示されている。4月生まれの子どもは3月生まれの子どもに比べると、11-12%タイル程度の学力プレミアムがあることになり、言うまでもなくこれは非常に大きい(Bedard and Dhuey, 2006)。更に、日本のデータを用いて行われた研究によれば、4-6月生まれと1-3月生まれでは大学進学率が異なるうえ、30代前半の所得には4%もの違いがあるという。海外で行われた研究を見ても、アメリカの大企業のCEOや連邦議会議員には、9-12月生まれの人が多いことが明らかにされている。

大人になっても、生まれ月の格差が解消しないのは何故なのだろうか。本研究では、就学期の子どもたちの生まれ月が、学力と非認知スキル、およびスキル形成に与える影響を推定した。この分析を行うにあたり、「埼玉県学力・学習状況調査」から得られた4年分のデータを分析している。埼玉県下(ただしさいたま市を除く)の約1000の公立小中学校に通う小4から中3までのすべての子どもたちが対象であり、のべ100万人超の巨大なデータセットを得ることができたため、精度の高い分析ができた。「埼玉県学力・学習状況調査」は「項目応答理論」に基づいて学力の推定を行っており、異なる学年や調査年の間でも、学力テストの結果を比較可能にしてある。この手法はTOEICなどでも採用されているが、日本の就学期の生徒を対象にした学力テストで用いているのは埼玉県などわずかの自治体にとどまっている。まずは学力と年齢の関係について見てみよう。下のグラフの横軸には年齢を月単位であらわしている。グラフの縦軸は算数・数学の学力だ。図表は、ひとつひとつの点は、生まれ月ごとの平均点だ。学年ごとに記号と色を揃えている。図表をみると、どの学年で見ても、年長の子どもほど成績が良い傾向が見られる。小4では最大で偏差値3.5の格差があるが、これは学年が上がるにつれて小さくなり、中3になると最大でも偏差値1.5の格差に抑えられている。これは先に紹介したBedard and Dhuey (2006)の結果と同様である。

次に、われわれが検証したのは非認知スキルについての生まれ月格差だ。非認知スキルとは心理的特性の総称で、学歴や所得などと関連があるため、近年、社会科学でもその有用性が認識されるようになってきている。この調査では、統制性、自制心、自己効力感という3つの非認知スキルについて測定している。図表では自己効力感について示した。学年が上がるにつれて、非認知能力が下がるという結果はちょっと意外に感じるかもしれないが、海外でも思春期に見られる傾向として知られており、特におかしなものではない。むしろ重要なのは、どの学年についても、相対的に年長の子ほど高い非認知能力をもっており、その差は偏差値換算で最大1程度に上る。また、学年が上がっても、非認知能力の差が縮まっていかない点も重要である。

その背景を探るために、子どもたちが学校外でどのような活動をしているのか、また、級友や先生との関係についてどのように感じているかについても分析を行った。この結果、学校外での学習時間と読書時間については、早生まれの子どもたちほど長いことが分かった。通塾率も同様で、早生まれのほうが高い傾向にある。これらの活動は、学力向上に役立つと考えられ、早生まれの子どもとその親は、その不利を跳ね返すために補完的な教育投資を行っていることが分かる。

一方、屋外での遊びやスポーツへの参加、塾以外の習い事については、早生まれの子どもたちの参加率が低いことが明らかになった。学校外で使える時間とお金には限りがあるから、上の結果ともうまくつながる。いくつかの心理学研究によると、スポーツや音楽、芸術などの活動は非認知スキルの発達に寄与する可能性がある。早生まれの子どもたちは、こうした活動にあまりかかわっていないために非認知スキルが低くなってしまっているのかもしれない。さらに、友人、あるいは先生は自分の良いところを認めてくれていると思うかといった質問に対しても、生まれ月の差が見られた。早生まれの子どもたちほど、こうした人間関係について悲観的な回答をしている。

つまり、早生まれの子どもたちは学業面で努力することで学力差を縮めている。しかし一方で、非認知能力を伸ばすような活動が不足したり、人間関係に恵まれなかったりすることで非認知能力の差がなかなか埋まらない。これが、大人になってからの所得差につながっている可能性がある。生まれ月格差の長期化・固定化には、入試制度も寄与している可能性が高い。埼玉県下のある自治体から得られたデータを分析すると、入学する高校の偏差値は、生まれ月により最大で4.5も異なることが分かった。

では、どのような教育政策、あるいは制度変更によって生まれ月格差を是正することができるのだろうか。1つの方法としては、子どもの発達状態にもとづいて入学時期を遅らせることを認めるというものだ。こうした制度は海外では一般的であるが、社会経済的に恵まれた家庭ほど入学時期を遅らせる傾向があるため、生まれ月格差が弱まる代わりに、家庭環境から生じる格差を強めてしまうという問題もはらんでおり、その点への対処も必要だ。もう1つの方法は、入試のような選抜の場面において、生まれ月を考慮するというものだ。例えば、学年を生まれ月で半分にわけて、それぞれに合格枠を用意するであるとか、生まれ月にもとづいて統計的に得点補正をするというものだ。一部の私立・国立小学校では、実際に行われている取り組みだが、これを中学、高校など、より上の学年でも取り入れてはどうだろうか。いずれにせよ生まれ月による格差を完全に是正することは難しくとも、格差縮小に向けた取り組みが求められることは言うまでもないだろう。

図1:認知スキルと生まれ月の関係
図1:認知スキルと生まれ月の関係
(注)横軸は年齢を月齢で表したもの。縦軸は、算数・数学の学力テストの結果を標準偏差で表したもの。
図2:非認知スキルと生まれ月の関係
図2:非認知スキルと生まれ月の関係
(注)横軸は年齢を月齢で表したもの。縦軸は、自己効力感を表す尺度を標準偏差で表したもの。