ノンテクニカルサマリー

なぜ顔の美醜が重要なのか? 候補者の外見と選挙結果

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

融合領域プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「人々の政治行動に関する実証研究ー経済産業面での政策的課題に対するエビデンスベースの処方箋の提示を目指して」プロジェクト

有権者は選挙に際して、候補者に関する情報収集コストを削減するために、さまざまなヒューリスティックスに依存しているとされる。その1つとして、候補者の外見が挙げられ、少なからぬ有権者が無意識のうちに候補者の顔を手掛かりにして、投票先を決めている可能性がある。実際に、Todorove et al. (2005)を始めとして、人は候補者の顔を一目見て、顔だけから選挙結果を予測することが出来るという研究があり、とりわけ容姿が優れる候補者ほど、選挙でより多くの票を得る傾向にあるとされる。

なぜ容姿端麗な候補者ほど、選挙でより多くの票を得られるのだろうか。候補者の顔の美醜がどのようなメカニズムで選挙に有利・不利に働くのかについては、まだほとんど分かっていない。顔の「魅力」による得票プレミアムが、顔の「表情」や顔から受ける「印象」とは独立して存在しているとすれば、候補者の顔の「魅力」は、どのようなメカニズムで追加的な得票につながっているのだろうか。この謎を解くために、本研究では、1,500人余りの有権者を対象に、実際の参議院議員選挙への立候補者の顔の外観を主観的に評価させ、その上で、日本人有権者の認識に対する候補者の顔の美貌の影響を探るため、3,000人程度の規模のサーベイ実験をオンラインで実施した。

まず、実際の選挙結果と照らし合わせた分析結果からは、候補者の顔の美醜そのものが選挙結果に及ぼす影響は、候補者の顔の表情や、能力や信頼性といった候補者の顔から得られる印象によって起きている現象ではないことが確認された。具体的には、2013年と2016年の参議院議員選挙(比例代表を除く)に出馬した候補者494名の候補者について、朝日新聞社が撮影した候補者の顔写真をAmazon Mechanical Turkを通じてリクルートした1415名のアメリカ人に提示し、顔の魅力や印象について5点尺度で評価をさせた。同時に、顔の表情については、オムロン社が開発した顔認証デバイス(OKAO Vision)を使用して、客観的に計測した。各候補者について、それら顔の評価結果と、性別や当選回数、所属政党といった候補者特性に加え、選挙区定数や立候補者数といった選挙区事情の要素をモデルに組み込み、得票率を従属変数とする回帰分析を行った結果が図1である。ここからは、候補者の顔の「表情」と「印象」が得票率に何ら影響を及ぼしていない一方で、顔の「魅力度」が1ポイント上昇するごとに、5.16ポイント分だけ得票率を増やしており、選挙結果に比較的大きな影響を及ぼしていることが見て取れる。つまり、候補者の顔がただ単に「有能そう」であるとか「知識がありそう」に見えるために、魅力的な候補者がより多くの票を得ていたのではなく、候補者の顔の魅力それ自体は政治家としての能力とは無関係であるにも関わらず、有権者が候補者を評価する際に、有権者は候補者の顔の魅力を援用していることが示された。

図1:候補者の外見が得票率に及ぼす影響
図1:候補者の外見が得票率に及ぼす影響

さらに、なぜ顔の美醜が選挙結果に影響するのかについて解明するため、2020年3月に2875名の日本人有権者を対象とするサーベイ実験を実施した。実験では、2016年の参議院選挙への立候補者のうち、40歳代の男性で、当選回数が0回もしくは1回、顔の魅力度の評価が上位・下位10名ずつを選抜した。そのうえで、実験参加者に、顔写真を無作為に2名ずつ提示し、どちらの候補者についてより詳しく知りたいと思うか、より人気がありそうだと思うか、より当選確率が高いと思うかを選択させた。

図2に示すような本実験結果からは、美顔度が同程度の候補者の比較では、どちらか一方の候補者のことをより知りたいとは思わない一方で、美顔度が高い候補者のことを知りたいと回答する傾向が見られるなど、候補者の顔の美貌が有権者の関心を惹きつけるとともに、有権者による選挙の勝敗見通しにも影響を与えていることが判明し、選挙において候補者に関する情報を求め、勝ち馬に乗ろうとする有権者の心理が、容姿端麗な候補者に投票させているという示唆が得られた。つまり、有権者が候補者の顔の魅力をもとに候補者を評価しているという一見非合理的に見える行動は、魅力的な顔の候補者ほど、有権者は「その候補者についてより詳しく知ろうとして情報収集する」、「選挙でより競争力があると考え、勝ち馬に乗ろうとする」といった、それぞれの有権者による「合理的」な政治判断の結果である可能性がある。

図2:条件ごとの選択者の割合(上段は美顔度が同等の候補者を比較した場合)
図2:条件ごとの選択者の割合(上段は美顔度が同等の候補者を比較した場合)