ノンテクニカルサマリー

製造業中小企業が外国人雇用を考えるとき―グローバル化と従業員のリテンション

執筆者 橋本 由紀 (研究員(政策エコノミスト))
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

2019年、政府は新たな在留資格「特定技能」を創設し、人手が不足する業種での外国人の就労を認めた。この政策転換によって、今後、はじめて外国人を雇用する企業も増えることが見込まれる。では、新たに外国人を雇用したいと考えるのは、どのような企業だろうか。

本研究では、連合総研が製造業中小企業を対象に実施した「グローバル経済下の中小企業経営状況に関する調査」のデータを用いて、海外との競争激化を認識する企業ほど、自国労働者の定着に困難を感じ、外国人の生産工程労働者の雇用を考えるようになることを示す。

グローバル競争が先進国内の雇用に及ぼす影響をみる研究は、2000年代以降に目立って増加した。代表的な研究の一つであるBernard et al. (2018) は、途上国へのオフショアリングによって、先進国内の労働者が高技能かつ非製造部門での就業にシフトしたことを示している。しかし、輸入財の増加によって生じた低技能業務の減少は、大企業でしか観察されないとする研究もある(Biscourp and Kramarz 2007)。このことは、資金や人材に制約のある中小企業では、グローバル競争への対応が大企業とは異なる可能性を示唆する。そこで、本研究では、分析対象を中小企業に限定し、90年代の日本の製造業企業を事例に、グローバル競争の激化の認識と組織再編の関係を検証する。

分析の結果、海外との競争激化を感じている企業ほど、生産工程に外国人雇用を考える確率が高く、将来のR&D投資を増やそうと考える確率が低かった(表)。この結果からは、グローバル競争を実感する中小企業は、高技能労働者やR&D投資を増やすことで生産性の上昇を目指すよりも、より労働集約的な生産への傾斜を考えていたことがうかがえる。

さらに、中小企業がグローバル競争の影響を認識して外国人雇用を考えるに至る過程では、若年労働者の定着の困難に直面していることも明らかとなった。これは、輸入浸透率の高い製造業種の労働者が、他産業での就業に移行していたことを見出したAutor et al. (2014) とも整合的である。

中小企業の多くが、労働集約的な生産傾向を強めてグローバル競争に対応しようとするならば、省力化や労働者の高技能化を進める大企業との生産性格差がさらに拡大することが懸念される。こうした企業規模間での生産性格差の拡大は、労働者間の所得格差の拡大にもつながるかもしれない。

本研究で示した日本の中小企業のグローバル競争への認識と労働集約的な組織志向との関係が、他国の中小企業でも観察されるかどうかについては、追加的な実証が必要である。もし、この関係が、日本の中小企業でのみ観察され、他の先進諸国では、中小企業労働者の高技能化や組織の資本集約化が生じていたとすれば、この対照性は、1990年代以降の相対的な日本経済停滞の背景として説明できる可能性もある。

グローバル化の浸透と国内の労働力減少を所与とする限り、有用な人材の確保は、中小企業が今後も直面し続ける課題である。ただし今後は、新たな政策のもとで、中小企業は非高技能外国人労働者をより雇用しやすくなる。企業が外国人を雇用する理由は「人手不足」とまとめられることが少なくないが、消極的なR&Dや既存労働者の定着など、外国人労働者を必要とする企業が抱える問題に立ち戻り、生産性や労働者の処遇とあわせて実態を分析することで、企業の成長に必要な政策も明らかになると思われる。

表 推定結果(限界効果:ロジットモデル)