ノンテクニカルサマリー

勝ち組・負け組と限定合理性:大規模減税に対する限界消費性向の非対称性

執筆者 キャメロン・ラポイント (イェール大学)/宇南山 卓 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 人口減少社会における経済成長・景気変動
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「人口減少社会における経済成長・景気変動」プロジェクト

消費はGDPの最大の構成項目であり、その変動に景気も大きく左右される。そのため、各国政府は景気が悪化すると、減税や給付金などの方法で消費を刺激する政策をとってきた。これまでの研究で、消費刺激策に一定の効果があることが示されている一方、消費の反応には大きな非対称性が存在していることも示されている。この非対称性の存在は、一定の財政負担でより効率的に消費を刺激するには政策対象を「デザイン」する必要があることを示唆する。

本研究では、日本のバブル崩壊後の初期に実施された1994年の所得税・地方税の特別減税に焦点をあて、消費刺激策に対する限界消費性向(MPC)を計測し、これまで知られていなかった新たな非対称性の源泉を明らかにした。その非対称性の源泉とは、住宅価格の変動に対する家計資産の曝露の度合いであり、曝露の度合いが小さい家計ほどMPCが高いという結果を得た。

1980年代後半からのいわゆるバブル経済とその後の崩壊によって、地価および住宅価格が大きく変動したが、その住宅価格の変動幅は地域によって大きく異なる。大きな価格変動があったのは首都圏と近畿圏の一部で、地方の中小都市ではほとんど地価変動がない地域もある。これは、一部地域の家計は、住宅価格の変動にそもそも直面していなかったことを意味する。

そこで、住宅価格の変動幅によって地域を3つに分類し、それぞれで特別減税の影響を計算したのが下の図である。特別減税の実施された1994年とそれ以外の年別に、非耐久財消費支出の対数の対前月の差分を4月から10月まで示している。特別減税(の一部)が実施された1994年6・7月の直後の消費を見ると、住宅価格の変動が小さかった地域では例年を大きく上回る増加が確認できる。それに対し、中程度の変動の地域はほとんど影響なく、大きな価格変動のあった地域では例年と比較すれば有意な消費の増加が観察されている。

この結果を、回帰分析によって定量化してみると、住宅価格の変動が最も小さかった地域では減税額の44%を四半期以内に支出していたのに対し、価格変動が中程度の地域では有意な反応は見られず、一方で大きな価格変動に直面した地域ではMPCが23%となった。

図

一方、地域内の家計間でも非対称性が確認された。世帯主が40歳以下の若年世帯、持家世帯よりも賃貸住宅に住む世帯、負債の返済比率が小さい世帯、でMPCが高かった。これは、価格が高騰した時点で住宅を購入した家計のMPCが小さく、将来の住宅購入を検討するような家計のMPCが高いことを示唆する。この地域内の世帯属性間での非対称性は、住宅価格の変動が最も大きかった地域で顕著であり、住宅価格の変動が小さかった地域ではほとんど検出されずほぼ一様にMPCが高かった。

この地域間・地域内での非対称性は、所得税制度を通じた財政刺激策が、住宅価格の変動リスクに大きく影響を受けた世帯、つまり「負け組」世帯でMPCが小さく、変動リスクを避けることのできた「勝ち組」世帯のMPCが大きかった、とまとめることができる。この非対称性は、通常MPCの「流動性制約」に基づくストーリーでは説明できない。バランスシートが大きく毀損すると消費の平準化が難しくなることを踏まえると、特別減税を合理的に使用しなくても厚生ロスが小さい「勝ち組」だけが消費を増やしたという限定合理性のストーリーで説明できる。

結果として、MPCが高かったのは相対的に所得の低い地方部の世帯や若年世帯であった。減税という枠組みは所得が高いほど多くのメリットがある仕組みであり、都市部により多くの財政支出をしたことになる。その意味で、特別減税は消費刺激という観点からは非効率な政策であったと言える。今後は、これまで十分に検討されてこなかった限定合理性による消費喚起の可能性について検討を進める必要がある。

さらに、バランスシートショックが小さい「勝ち組」を景気刺激策の対象とするのであれば、財政と金融の役割分担についても興味深い含意がある。拡大的な金融政策の下では、住宅ローンを抱える持家世帯、すなわちバランスシートショックに対する「負け組」に大きな恩恵がある。バブル崩壊後の金融緩和が、どのような世帯に恩恵があり、消費にどのような影響を与えたかを合わせて考えることで、今後の景気対策における財政政策と金融政策のポリシーミックスについて知見が得られると考えられる。