ノンテクニカルサマリー

越境データ移動を行う企業の特性:日本の企業データによるエビデンス

執筆者 冨浦 英一 (ファカルティフェロー)/伊藤 萬里 (リサーチアソシエイト)/カン・ ビョンウ (一橋大学)
研究プロジェクト デジタル経済における企業のグローバル行動に関する実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「デジタル経済における企業のグローバル行動に関する実証分析」プロジェクト

デジタル化した経済では、国際貿易・海外直接投資(FDI)だけでなく、国境を越えるデータの移動が重要になっているが、実際に国境を越えてデータを移転している企業がどのような特徴を有しているかは知られていない。そこで、RIETIでわれわれが独自に実施した越境データ移動に関する企業調査結果を政府統計ミクロデータとリンクさせることにより、生産性等の基本的な企業特性における違いを探ることとした。

まず、企業の越境データ移動の実態を把握するため、わが国の製造業・卸売業・情報関連サービス業における中堅・大企業に対し2019年に調査を実施し、2割を超える4,227社から回答を得た。海外でデータ収集を行ったり、国境を越えてデータを移転させたりしている企業は、小規模な企業を含まない今回の調査対象企業においても、ごく一部に限られることが分かった。調査の詳細についてはTomiura et al. (2019)を参照されたい。そこで、これらの国境を越えてデータを移転させている企業が、他の企業とどのように異なるのかを知るため、この独自の調査結果を企業レベルで経済産業省企業活動基本調査のミクロデータとリンクさせて比較した。

その結果、国内だけでなく海外でもデータを常時収集している企業の生産性が最も高く、国内でのみ収集している企業がそれに次ぎ、データ収集を行っていない企業の生産性は最も低いことが見出された(下図を参照)。この序列は、生産性の尺度によらず(労働生産性、全要素生産性)見られ、データ収集していない企業に比べて、国内でデータ収集を従事している企業は平均的に6%ほど生産性が高く、国内に加え海外でもデータ収集している企業は14~18%生産性が高い。更に、この序列関係は生産性の分布について分位回帰(Quantile regression)を行っても、また、売上高や従業員数で比べても確認された。国際化する企業ほど生産性が高い事実は、国際経済学において、輸出やFDIを行っている企業について確認されている生産性序列と同様である。越境データ移転企業は、こうした輸出やFDIを通じた国際展開にも積極的である。また、近年注目されている新しい技術の中でも、3Dプリンターは、デザイン等のデジタル・データの移転に伴って、金型、部品、素材等の財の世界貿易に甚大な影響を与える可能性を秘めたものだが、今回の分析により、国際展開した企業や生産性の高い企業は、3Dプリンターの導入に積極的であることも明らかになった。

図:データ収集と生産性の序列
注:労働生産性は従業員一人当たりの付加価値額として算出。全要素生産性は資本と労働を投入とした生産関数の残差として算出。いずれもデータ収集に従事していない企業を1に基準化した場合の平均的な倍率を示している。

海外でデータ収集を行っている企業の中でも、企業特性に顕著な違いが見られる。最近の越境データ移転規制(EUの一般データ保護規則GDPRや、中国等の新興国によるサイバー・セキュリティ規制)の影響を受けているとする企業の方が特に生産性プレミアムが顕著である。学術的調査により、個別企業が移転しているデータの内容や経済的価値を直接把握することは困難であるが、データ移転規制の影響の有無からデータ移転の質や量の違いが推量される。ここでの分析結果は、海外でInternet of Things (IoT)を導入したりしてデジタル・データを常時収集している企業は、機微にわたる大量のデータのやり取りを海外現地法人等との間で行っていると考えられることから、越境データ移転規制の影響を受けやすいと推察される。こうした企業は、社数としては限られるとしても、大規模で生産性も高く、グローバル展開も進んでいるので、内外の多くの他社に影響を及ぼしているであろう。このため、デジタル保護主義が企業活動に与える影響を過小評価することはできない。

参照文献