執筆者 | 佐藤 大介 (京都大学)/池田 裕一 (京都大学)/川井 秀一 (京都大学)/Maxmilian SCHICH (University of Texas at Dallas) |
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研究プロジェクト | 経済ネットワークに基づいた経済と金融のダイナミクス解明 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「経済ネットワークに基づいた経済と金融のダイナミクス解明」プロジェクト
高度に発展した資本主義社会では、大規模設備を用いた大量生産方式が採用されている。それとは対照的な生産方式として、特定の地域に集積した企業群による生産である「柔軟な分業」が知られている。後者の生産方式は職人の手仕事による文化の発信、地域内の柔軟な人の移動などの面で注目すべき特徴を持っている。このような地域内の分業体制は、大規模設備を用いる大量生産体制の代替モデルとして、1990年代初頭に注目された。しかし、この数十年の間にソフトウェアやインターネット技術の発展を背景に国際的な水平分業体制が確立したことによって、地域内の分業体制の存在感は小さくなっていた。そのような中で、近年redistributed manufacturing(RDM)というコンセプトが注目され始めた。現代の国際的な分業生産は複雑なサプライチェーンを必要とするため、素材や部品の安定供給やコスト変動への脆弱性、運搬費や運搬にかかるエネルギーの消費の増大につながる。しかし、RDMでは、サプライチェーンの複雑さが減少し、市場ニーズを反映した商品の供給が容易になるという期待から、ヨーロッパを中心に注目が集まっている。
多くの伝統工芸産業では独立した中小企業による分業体制がとられているが、京都の伝統工芸産業、とりわけ代表的な西陣織や京友禅ではその傾向が強い。これは、和装織物業が流行に左右されやすく、需要の変化に対応できるように生まれた生産システムであった。京都の伝統工芸品は平安時代にその起源を持つものも多く、長い年月の中で培われてきた品質の高さから“京もの”と呼ばれている。しかし、近年、京都の伝統工芸産業は、売上額の低迷から分かるように、徐々に衰退化している。過去において有効に機能していた分業体制や生産設備、ノウハウ、職人などの熟練労働のあり方が、グローバル化による市場ニーズの変化や技術革新に対応できなくなっていると考えられる。
本研究では、企業をノード、取引関係をリンクとする京都のサプライチェーンネットワークのネットワーク科学の方法を用いた分析から、京都の伝統工芸産業の問題点を明らかにして、持続可能な成長のために重要な要因を検討することを目的とした。そのために、京都の伝統工芸産業のコミュニティ構造、取引において中心的な役割を果たす企業、ネットワークトポロジー(ネットワークの密度、ノード間距離などのネットワーク全体の特徴)、bow-tie構造(ネットワークの上流部分、コア部分、下流部分)、堅牢性(企業倒産に対するネットワーク構造の頑健性)を解析した。特に、京都の伝統工芸産業の中でも、西陣織、京友禅、京人形の産業ネットワークに注目した。図1は京都のサプライチェーンネットワークのコミュニティ構造である。また、伝統工芸品産業は、コンシューマーゲームや電気機械などの現代的な産業とは著しく異なるネットワーク構造を持っていることが明らかになった。中心性分析によれば、京都を代表する産業であるコンシューマーゲーム産業や電機産業は、特定のメーカーが他に類を見ないほどの中心的な地位を占めている。このような構造は、その1社が製造に関する主導権を持ち生産から販売までを一括して管理することにより、市場ニーズをダイレクトに即応できるため、変化の激しい市場に対応するために有利な構造であると考えられる。これに対して、伝統的な工芸品産業では、全工程において明確な分業が行われており、卸売業者が中心的な役割を果たしている。このような構造は、品質の良いものが必ず売れる時代には有効であったと考えられる。ネットワークのトポロジー特性に関する解析から、コミュニティ次数保存ランダム化ネットワークに比べて、伝統的工芸産業ではクラスター係数が低く、情報交換の効率性に課題があることが分かった。一方、現代的な産業はクラスター係数が高く、リンク密度の高い構造になっている。図2は、bow-tie構造における各産業コミュニティの労働生産性の比較である。現代的な産業では、産業コミュニティ内に強連結成分(SCC)が形成され、それに属する企業が高い労働生産性を生み出し、産業全体を牽引する役割を果たしている。西陣織や京都人形産業はSCCの割合が小さいだけでなく、それに属する企業の労働生産性も低いため、産業全体を牽引する企業群が形成されていない。これらの結果は、京都の伝統工芸産業が市場ニーズに即応するために必要となる効率的な情報交換の仕組みを持っていないことを示唆している。このような問題を解決するためには、地域密着型産業の強みを生かして、京都の伝統工芸産業が市場ニーズに即応できる生産体制をつくり、産業全体で密接に連携したものづくりを行っていくことが重要である。例えば、各々の職人が自分の持っている技術を公開する場所あれば、今まで取引を持っていなかった職人同士が繋がり、市場ニーズを知る卸売業者との競業によって、新たな工芸品の企画や製造などにつながる可能性がある。このような施策は、密なサプライチェーンを構築することを助け、伝統産業の活性化に寄与するものと期待される。