ノンテクニカルサマリー

輸出開始と生産品目構成や品目属性の変化

執筆者 伊藤 恵子 (中央大学)/Chin Hee HAHN (Gachon University)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

本稿では、経済産業省『工業統計調査』と総務省・経済産業省『経済センサス活動調査』の調査票情報を使用し、輸出開始が工場の生産品目構成や平均的な品目属性を変化させるのかを実証的に分析する。輸出によって外国市場に参入することでさまざまな技術知識や顧客情報を学習し、生産性などの企業パフォーマンスが向上する可能性があることが、多くの先行研究で示されてきた。しかし、実際、学習効果がどのようなメカニズムでパフォーマンス向上に結び付くのかについて実証的に示した研究は少ない。

輸出の学習効果にはいくつかのチャネルが考えられるが、本稿では、輸出の開始が生産品目の組み替えや品目毎の生産シェアの変化を通じて工場のパフォーマンスを向上させるという仮説のもとに検証を行う。例えば、Bernard, Redding, and Schott (2010) などは、生産品目の変化が企業内の資源配分をより効率化させることを示している。また、貿易自由化による競争激化が、生産品目の選択と集中を促すという研究結果(Baldwin and Gu 2009など)がある一方、貿易自由化によって輸出品目の範囲が広がるという研究結果(Iacovone and Javorcik 2010など)もある。

本稿では、貿易自由化ではなく、輸出開始の前後で、各工場の生産品目構成の変化を分析する。さらに、Hausmann, Hwang, and Rodrik (2007) の考え方を応用し、各品目の属性で測った各工場の属性を計測し、輸出開始によって平均的により高度な品目構成にシフトしているのかどうかを検証する(注1)。

Hausmann, Hwang, and Rodrik (2007) は、1人当たり国内総生産が高い豊かな国は人的資本の蓄積が進んでおり、そのような国の輸出シェアが大きい品目は高度な品目であると想定している。そこで、各輸出品目を輸出している国の1人当たり国内総生産の加重平均と各国の当該財の輸出シェアとを用いて、各国の輸出品目の「洗練度」ともいえる指標を計測している。本稿では、その考え方を、日本の工場データと各工場の生産品目データに適用し、生産性などのパフォーマンスが高い工場の生産シェアが大きい品目は、より技術的に高度な洗練された品目であると想定する。工場の属性ないしパフォーマンスを示す指標として、全要素生産性、労働生産性、資本労働比率、賃金率の4つの指標を考慮する。そして、各工場の各品目の生産シェアをウェイトとして、各品目の属性指標を加重平均し、各工場の平均的な属性(平均的な生産品目の「洗練度」または技術水準とも解釈できるもの)を計測する。

経済産業省の『工業統計調査』では、各工場の輸出が2001年からしか調査されていないこと、産業分類・品目分類が2002年、2008年、2013年に変更されていることから、本稿では、2002~2007年と2008~2013年との2つの期間について、品目情報を接続した工場レベルのパネル・データを作成して分析する。

まず、輸出企業は非輸出企業に比べて、平均的に高度な属性を持つ品目を生産する傾向が確認される。さらに、下の図は、輸出開始前年と比べて、輸出開始年(0)、1年後(+1)、2年後(+2)、3年後(+3)に、各品目属性で測った工場属性(plant-average product attributes: PAPRAs)がどれだけ変化したかの平均値を表している。指標によって差があるものの、おおむね輸出開始後に平均的な工場属性が上昇している。傾向スコアマッチングの手法を用いた分析から、輸出を開始するとより高度な生産品目へとシフトすることも確認できる。さらに、輸出開始後に、品目の追加や廃止(Product adding & dropping)が活発になること、生産品目シェアの変動も大きくなることも示された。また、新規に追加された品目の方が、廃止された品目よりもより高度な属性を持つ傾向があり、比較的低レベルの属性を持つ品目の生産停止とより高度な属性を持つ品目の生産追加といった品目組み替えが活発になることによって、平均的な生産品目属性が高度化するというメカニズムが確認された。継続して生産されていた品目のうち、比較的高度な属性を持つ品目の生産シェアが拡大することも確認されたが、輸出開始は、生産シェアの変化よりも品目組み替えをより強く促す傾向があった。輸出開始は生産品目の組み替えによる高度化、言い換えれば「創造的破壊」を促進し、持続的な経済成長に寄与することが示唆される。

図:輸出開始と品目属性で測った工場属性の変化
図:輸出開始と品目属性で測った工場属性の変化
脚注
  1. ^ 本稿ではデータの制約等のため工場レベルで分析したが、同一企業内の複数工場間で生産品目を移転させたりしている可能性もある。工場レベルで新規に追加された品目や生産停止された品目のうち80~90パーセントは、企業レベルでも新規追加または生産停止されていることから、工場レベルの分析によるバイアスは限定的であると考える。
参考文献
  • Baldwin, J. and W. Gu, "The Impact of Trade on Plant Scale, Production-Run Length and Diversification," In Producer Dynamics: New Evidence from Micro Data, Dunne T., Jensen J. B., and Robert M. J. eds. 2009. pp. 557-592, University of Chicago Press, Chicago.
  • Bernard, A., S. J. Redding, and P. K. Schott, "Multi-Product Firms and Product Switching," American Economic Review 100, 2010, pp. 70-97.
  • Hausmann, R., J. Hwang, and D. Rodrik, "What You Export Matters," Journal of Economic Growth 12, 2007, pp. 1-25.
  • Iacovone, L. and B. S. Javorcik, "Multi-product Exporters: Product Churning, Uncertainty and Export Discoveries," The Economic Journal 120, 2010, pp. 481-499.