ノンテクニカルサマリー

COVID-19に伴う首都封鎖は経済にどのような影響を及ぼすか:サプライチェーンデータに基づく推計

執筆者 井上 寛康 (兵庫県立大学)/戸堂 康之 (早稲田大学)
研究プロジェクト 経済ネットワークに基づいた経済と金融のダイナミクス解明
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第五期:2020〜2023年度)
「経済ネットワークに基づいた経済と金融のダイナミクス解明」プロジェクト

本研究は、いわゆるロックダウン(都市封鎖)の経済的影響をシミュレーションによって推計したものである。特に、東京23区のロックダウンの影響がサプライチェーンの途絶を通して他の地域にも波及することも考慮して、全国の生産減少額を推計しているところに特長がある。

東京での生産が止まれば、東京産の部品や材料を利用して生産を行っていた他道府県の企業の生産も部品の供給不足で滞る。また、東京の企業に部品や材料を販売していた他道府県の企業の生産も、需要不足のために減少する。東日本大震災の際には、サプライチェーン途絶による生産への影響が甚大であったことは筆者らの以前の論文で示されている。

またもう1つの特長は、日本の企業約160万社の実際のサプライチェーンデータを利用していることである。これによりネットワーク的な複雑さが反映された上での波及効果を推計することができる。したがって、本研究の推計では、産業レベルの連関を想定した一般的なマクロモデルではとらえられない複雑な波及効果を考慮できる。具体的にはエージェントベースモデルを用いており、企業それぞれが日々の生産を実施するようになっている。したがって、需要や供給の上下は隣接した企業の間で日を追うごとに浸透していく。

ただし本研究は、3月23日に小池都知事が「ロックダウン」(都市封鎖)に言及した時に研究を開始したことから、中国で実施された、もしくはスペインで実施されているような非常に強い規制、つまり生活必需産業以外の生産活動をすべて停止するような「完全ロックダウン」を想定している(その問題については後述する)。

その結果、2週間の完全ロックダウンによって、東京の付加価値生産額は4.3兆円減少するが、サプライチェーン途絶の波及効果によって東京以外の地域でも5兆円減少し、合計の減少額は9.3兆円、GDPの1.8%と甚大なものとなることがわかった(表参照)。1カ月のロックダウンでは、東京で9.3兆円、東京以外で18.5兆円の生産減、GDPの約5.3%となる。

注目すべきなのは、ロックダウン期間が2週間から1カ月(30日)と約2倍になると、東京以外の生産減は3倍以上、全国の生産減も約3倍となることだ。つまり、ロックダウン期間が長くなると、東京以外の地域にその影響が深く浸透するために(図参照)、生産減が加速的に増えていく。この様子は動画でも見ることができる。

ただし、この推計はやや過大評価されている可能性があることに言及しておかなければならない。まず実際には、2020年4月7日に東京都のほか6府県に対して緊急事態宣言が出されたが、不要不急の外出自粛要請などが主体で、生活必需産業以外の企業に対して生産停止が要請されているわけではない。つまり、現実の規制の程度は本研究の想定よりも緩い。

また、本研究で使用したデータは各企業の本社の所在地しかわからず、それぞれの事業所の所在地がわからない。したがって、本社が東京23区内にある場合、それ以外に所在しているかもしれない事業所の生産もすべて停止すると想定されている。

さらに、サプライチェーンはロックダウン後も固定されていると想定している。ロックダウン後に部品や材料の需要や供給が減少した場合、企業は取引先を変更してその影響を緩和しようとするかもしれない。しかし、本研究ではロックダウンの期間を比較的短く想定しており、そのような取引先の代替を考慮していない。

これらの点について留意して本研究の推計値を吟味すべきであるものの、本研究の結果から次の2つの点が指摘できる。1つは、大都市の生産活動が縮小すれば、その影響はサプライチェーンを通じて全国に波及することである。この点について、緊急事態宣言およびその後の政策形成では十分に配慮されていないように思われる。もう1つは、規制の期間が長くなれば、サプライチェーンを通じた波及効果によって、全国の生産減は加速度的に増加していくことである。期間を2倍にすれば、経済的影響は2倍では収まらない。したがって、経済規制の期間はできるだけ短い方が望ましい。これら2点を考慮した上で、新型コロナウイルス感染症対策または感染拡大防止策のための経済規制の程度や期間、その悪影響を緩和するための政策手段について決定していくべきであろう。

表:東京の「完全ロックダウン」による経済的影響
封鎖期間 東京での生産減少 東京外での生産減少 合計の減少額 GDP比(%)
1日 309憶円 252億円 561億円 0.11
1週間 2.2兆円 1.6兆円 3.7兆円 0.72
2週間 4.3兆円 5.0兆円 9.3兆円 1.76
1か月 9.3兆円 18.5兆円 27.8兆円 5.25
2か月 18.6兆円 50.0兆円 68.2兆円 12.9
図:東京の「完全ロックダウン」による経済的影響の地理的波及
図:東京の「完全ロックダウン」による経済的影響の地理的波及
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