ノンテクニカルサマリー

選挙キャンペーンに見られる候補者の男女差―選挙公報のメッセージに関するテキスト分析の結果から

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

融合領域プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「人々の政治行動に関する実証研究ー経済産業面での政策的課題に対するエビデンスベースの処方箋の提示を目指して」プロジェクト

本研究では、候補者の選挙キャンペーンにおいて、強調される政策争点に男女差がみられるか、男女差があるとしたら、それは候補者個人の独自性が減少したとされる1994年の選挙制度改革後も継続しているのかを検証する。先行研究によれば、候補者個人間のキャンペーンスタイルの違いは、投票にあたって候補者個人に対する評価が中心的な中選挙区制よりも、候補者の政党ラベルが重要な要素となる小選挙区制の方が小さくなると予想される。もしそうであるならば、女性候補者が女性の利益を代表する一般的な傾向があったとしても、小選挙区制の下ではそうした傾向が消えてしまう可能性が存在する。

そこで、本研究では、1986年から2009年までの衆院選において使用された候補者個人の選挙公報のテキストデータを分析して、上述の問いに取り組む。このデータは、神戸大の品田裕教授が収集し、ニューヨーク大のAmy Catalinac助教授が文書単語行列(各文書に各単語が何回出現するかを表した行列)に加工したものであり、泡沫候補を除く7,497人の候補者の選挙公報中に出現した2,830種類の単語が含まれる。これに確率的トピックモデルの一種である構造的トピックモデルを適用して、個々の選挙公報に含まれるトピックを機械的に特定する。確率的トピックモデルでは、各文書はトピックの混合物であり、各文書の各単語はいずれかのトピックに属していると捉えられる。このモデルによって、選挙公報中のトピックの混合割合を推定することができる。さらに、構造的トピックモデルを用いると、その割合が候補者の性別や選挙年などによってどのように異なるかということも同時に推定することが可能になる。なお分析にあたって、候補者属性に関する情報は、中央大のSteven Reed名誉教授とハーバード大のDaniel Smith准教授が作成したデータを利用した。

分析の結果、所属政党や年齢といった候補者の個人的属性をコントロールしてもなお、男性候補者と女性候補者は選挙公報において異なるトピックに言及していることが明らかになった。図1で候補者の選挙公約に占める各トピックの割合の男女差を示す。図の中で赤色で示されたトピックは、多重検定補正後に5%水準で統計的に有意な男女差がみられるものである。家族支援・男女平等・子育て・平和主義といったトピックで男女差が見られるが、既存研究の中で女性の方が高い関心を示す傾向にあるとされるこうしたトピックでは、女性候補者が男性候補者よりも1.2~1.8パーセントポイント多く言及しており、倍率で表すと1.69~2.25倍に上る。この違いは年金など重要な争点に関する政党間の言及割合の差に匹敵するものである。それに対して、農業政策という男性的とされるトピックについては、男性候補者の方がより頻繁に選挙公報で言及していることが見て取れる。

このような男女差は、中選挙区制から小選挙区制への制度変更後も残存しているであろうか。図2は、トピック割合の総合的な男女差の推移を示している。総合的な男女差は、年ごとに各トピックの男女差の絶対値をとり、その平均値を求めることで算出している。図から明らかなように、選挙改革前後で男女差がわずかに小さくなっているようにみえるが、その差は統計的に有意ではない。また、全期間を平均して大きな男女差がみられた先述の5つのトピックについて、選挙改革前後の差の推移を個別にみた分析においても、改革後に男女差がなくなったとは確認できない。本研究は、空間理論に基づく先行研究や近年の実証研究の指摘とは異なる傾向を発見したと言える。

図1:候補者の選挙公約に占める各トピックの割合の男女差
図1:候補者の選挙公約に占める各トピックの割合の男女差
横軸はトピックの割合の男女差を表し、正は女性の方が、負は男性の方が多いことを示す。点は点推定値、線分は95%信頼区間である。赤色は、多重検定補正後に5%水準で統計的に有意な男女差がみられたトピックである。
図2:候補者の選挙公約におけるトピック割合の総合的な男女差の推移
図2:候補者の選挙公約におけるトピック割合の総合的な男女差の推移
点は点推定値、線分は95%信頼区間である。