ノンテクニカルサマリー

衰退する需要と製品の質:日本のPCモニタ市場を用いた実証分析

執筆者 太田 塁 (横浜市立大学)/張 利利 (広州日産通商貿易有限公司)
研究プロジェクト 市場の質の法と経済学に関するエビデンスベースポリシー研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

法と経済プログラム(第四期:2016〜2020年度)
「市場の質の法と経済学に関するエビデンスベースポリシー研究」プロジェクト

背景

1960年代の米国白黒テレビ市場や2000年以降の日本の繊維市場など、発展途上国の急速な成長に裏打ちされたダンピング現象でも見られるように、先進経済には急速に衰退していく市場も多い。例えば1968年3月に日本企業に対してダンピング提訴した米国白黒テレビ市場では、1965年から5年間で40%程度生産量が減少した(図1)。国際経済学の代表的な教科書の1つであるWorld Trade and Payments: An Introduction(邦題:『国際経済学入門Ⅰ:国際貿易編』)には、このような市場の衰退を遅延させたり、妨げることが保護貿易の目的として良く掲げられると述べられている。なぜなら、通常需要の低下は、国内価格の下落と生産者余剰の減少をもたらすからである。しかし実際には、衰退市場において、逆に価格が上昇するケースが見られる。

図1:白黒テレビの米国国内生産量と日本から米国への輸出量(単位100万台、1958年-1972年)
図1:白黒テレビの米国国内生産量と日本から米国への輸出量(単位100万台、1958年-1972年)
Television and Cable Factbookより筆者作成

図2は国内大手量販店で販売されたデスクトップパソコン用のモニタ(以下、PCモニタ)のPOSデータを用いて作成した、日本製PCモニタと韓国製、台湾製PCモニタの価格の変化である(2009年1月~2011年12月)。日本製PCモニタの販売量は年々減少し、2010年には外国製PCモニタの販売量が日本製PCモニタの販売量を上回った。日本製PCモニタへの需要は衰退しているにもかかわらず、価格が上昇していることが見て取れる。

図2:PCモニタ価格(実質値)の変化
韓国製・台湾製は低下する一方、日本製の価格は上昇している
図2:PCモニタ価格(実質値)の変化
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すでに衰退市場における価格上昇メカニズムとアンチダンピング制度の意義を研究している論文が存在するものの、その研究では国産品と外国産品の質の違いについては言及されていない。本研究は、POSデータの利用によって、各財の特徴(スペック)の違いまで実証的に分析できる強みを持っている。この利点を生かし、本研究は製品の質に注目することで、市場の質理論のフレームワークを通じて、衰退市場における価格上昇をさらに理解し、政策提言を行おうと試みるものである(注1)。

分析と結果

本研究は、財の特徴が価格に与える影響を分析できるツールの1つであるヘドニック・アプローチを利用した。さらにこのアプローチを用いて得た推定値を使い、Robert FeenstraによるQuality Index(質指数)を計算した結果、日本製品の質は2010年に6.6%(前年比)、2011年に8.5%上昇したことが示された。同様の方法で計算した韓国製品の質は2010年に0.8%上昇したものの、2011年は0.6%減少した。台湾製品の質は2010年に12%と大きな上昇が見られた一方、2011年の上昇率は1.7%と日本製品のものより大分低い。この結果は、衰退市場における価格上昇は製品の質(品質の向上)の視点からも説明できることを示している。

政策的インプリケーション

政策的インプリケーションとして以下の2点が挙げられる。一点目は、衰退市場分析における消費者選好の異質性の考慮である。研究対象となったPCモニタのように、既存製品が新製品に取って代わられる原因には、価格だけではなく製品の質(または質を感じる消費者選好の違い)がある。高品質・高価格を求める消費者もいれば、低品質・低価格を求める消費者もいるということである。日本製品に対する需要が衰退しても安い外国製品から大きな消費者余剰を得ることができるかもしれない。これからの衰退市場の分析には、消費者選好の異質性を考慮すべきである。

二点目は衰退市場の定義である。一般には需要が減少する市場を衰退市場と呼ぶが、製品の質が上昇する市場を、これまで通り衰退市場と呼び、保護貿易の対象ともなる市場と考えるべきだろうか。市場の質理論によれば、製品の質は市場の質を構成する1つの要素であり、高質な市場は健全な発展成長の必要条件であることが分かっている。海外製品との競争により、国内製品の需要が衰退したとしても、それにより製品の質の向上が見込まれるのであれば、その財を保護する理由はない。このことは例えば現在のアンチダンピング措置の発動条件(1.ダンピング輸出、2.国内産業への損害、両者(上記1.及び2.)の因果関係)において、特に国内産業への損害の計測方法に質の変化を加味することの重要性を示している。衰退市場の意味を再定義することで、市場の高質化に向けた貿易制度を構築できる可能性を本研究は示唆している。

脚注
  1. ^ 市場の質理論とは現代経済の健全な発展・成長には高質な市場が必要だという理論である。市場の質の決定要因として、情報の質、競争の質、製品の質が重要な役割を果たす。一般向けの書籍として、『「質の時代」のシステム改革―良い市場とは何か?』(矢野誠著, 岩波書店, 2005年)が挙げられる。