ノンテクニカルサマリー

女性とマイノリティーの裁判官に対するアメリカ人有権者の態度

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

融合領域プログラム(第五期:2020〜2023年度)
「人々の政治行動に関する実証研究ー経済産業面での政策的課題に対するエビデンスベースの処方箋の提示を目指して」プロジェクト

米国では近年、女性やマイノリティーの裁判官が増加している。それに伴い、女性の裁判官が人工妊娠中絶などのいわゆる「女性」のイシューについて裁くケースや、ヒスパニック系の裁判官が同じヒスパニック系移民などが絡んだイシューについて裁くケースなどが出てきている。司法手続きの公平性に対する認識は、法制度の正統性を維持する上で不可欠な役割を果たしているが、政治家らを中心に、女性やマイノリティーの裁判官に対するステレオタイプや偏見から、それらの裁判官による裁判結果の公平さを疑うような発言がなされる事例が近年見受けられる。

そこで、本研究では、米国において女性やマイノリティーの裁判官に対する人々のステレオタイプや偏見が、裁判結果の公平性に対する認識に何らかの影響を及ぼしているかどうかを検証した。具体的には、米国人有権者のうちどのくらいの人々が、女性やヒスパニックの裁判官は公平な裁判を行うことができないと考えているのかを明らかにするために、リスト実験と呼ばれる手法を使ったサーベイ実験を実施した。サーベイにおいては、人々の間で社会的に望ましい回答をしようとする傾向があるため、仮に女性やヒスパニックの裁判官が公平であるかどうかを人々に直接に尋ねても、正直に答えてくれない可能性が大きい。そうした可能性をできるだけ小さくして、人々の本心を引き出すために、以下のようなデザインで質問した。

まず回答者を無作為に3つのグループに分け、1つ目のグループ(コントロール群)に対して、以下に示す質問文と4つの文章からなるリストを提示し、そのうちいくつの文章に同意するか、数を答えてもらった。2つ目と3つ目のグループ(対照群1と2)に対しては、それぞれ女性あるいはヒスパニックの判事の公平性に関する5つ目の文章を加えたリストを提示し、同様に同意する文章の数を答えてもらった。リスト実験では、それぞれのグループの回答の平均値を計算し、コントロール群と対照群の平均値の差をとった値から、5つ目の文章に同意する人の割合を推計する。

下記に示す4つ(5つ)の文章のうち、あなたはいくつ同意しますか。どれについてかはお知らせいただかなくて結構です。
1 銃による暴力に関して言えば、まず人々から銃を取り上げ、次に正当な手続きを踏ませれば、私たちはより良くなるでしょう。
2 この国の経済見通しを改善する唯一の方法は、金持ちが他人を利用する抜け道をなくすことだ。
3 気候変動は我が国が直面している主要な問題の一つではない。実際、気候変動に対する懸念は誇張されてきた。
4 あまりにも多くの人々が、私たちの国を尊敬するというよりも、警察を攻撃することに時間を費やしている。
5a 裁判所で#metooのような問題が提起されると、一部の女性判事は偏った判決を下すかもしれない。
5b 移民に関する裁判では、一部のヒスパニック系判事は偏った判決を下すかもしれない。

以上のような実験を2018年8月にアメリカ人有権者を対象にしてオンラインで実施し、3,153人から有効な回答を得た。その結果、コントロール群の平均値が1.91、対照群1(女性条件)の平均値が2.30、対照群2(ヒスパニック条件)の平均値が2.27であり、女性裁判官が公平ではないと判断した人の割合が38.9%(1.91と2.30の差を取って10倍したもの)、ヒスパニック裁判官が公平ではないと判断した人の割合が35.32%(1.91と2.27の差を取って10倍したもの)という結果が得られた。さらに、回答者の個人的属性(性別や年齢、教育水準など)ごとに、推計値にどのような違いがあるのかを分析した結果が、図で示した通りである。縦軸は回答者の個人的属性を示している。横軸の線は、それぞれの属性ごとに、女性(赤色の線)もしくはヒスパニック(青色の線)の判事に対して公平性に欠けるという判断を示した人の割合の推計値と95%水準の信頼区間を示している。なお、この推計値は他の属性の影響をコントロールした後のものである。

これらの結果から、全体的に3割から4割もの有権者の間で、女性やヒスパニックの裁判官には公平な裁判を行うことができない可能性があると捉えられているが、とりわけ男性や共和党支持者の間で、そうしたバイアスを持つ人が多いことが明らかになった。選挙期間中にヒスパニック系の判事を揶揄した政治家がメディアで強く批判された事例が存在するが、同様に考えている有権者の数は決して少なくないことがうかがえる。もちろん人々は女性やマイノリティーが裁判官として直ちに不適格であると考えているわけではなく、それらの裁判官は女性やマイノリティーといった内集団に関する訴訟において公正な裁判を行うことが出来ないと考えられているという点で、彼らに対する人々の偏見はより曖昧な形で現れていると言える。ここからは、人々のステレオタイプが法制度の認識と法の支配に対する信頼に一定の悪影響を及ぼしていることが示唆される。

丸と三角の点は、それぞれ女性やヒスパニックの裁判官に対して公平性に欠けると判断した人の割合の推計値を示し、直線は95%水準の信頼区間を示す。(BAは4年制大学卒業以上を指す。)