ノンテクニカルサマリー

グラニュラー仮説の役割について

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「人口減少社会における経済成長・景気変動」プロジェクト

景気変動を引き起こす要因は一体何だろうか?例えば、下図は日本のGDPの推移であるが、リーマンショック(2008-9年)や直近のコロナショックの影響でマクロ経済が大きく変動していることが分かる。このような特徴的なマクロショックがマクロ経済を大きく変動させることは自明であるが、その一方でこのようなマクロショックが無い時期でも、GDP成長率は一定ではなく多少の変動が見られる。ここでの疑問は、下図で観察されるようなマクロ経済の変動がマクロショック(災害、財政・金融政策など)によって全て説明できるか、である。マクロショック以外の要因として、例えば産業・企業レベルのミクロなショックが取引を通じてマクロ経済全体に波及・増幅され、大きな変動を引き起こすことはないのだろうか。

図

ミクロショックがマクロ全体に波及し変動を引き起こすというアイディアは以前から存在するが、かつては景気変動に関する研究ではあまり重要なものとは見られていなかった。というのも、そのようなミクロショックは結局、互いに打ち消しあうと考えられたからである(例えば Lucas (1977))。例えば、トヨタが好調な時でもホンダはあまり好調でないかもしれない。マクロ経済はそのような多数の企業の集まりであるから、プラスのショックとマイナスのショックが互いに打ち消しあい、結局マクロ全体で見れば平均化され、大きな変動にはならないと考えられたのである。

しかしこの議論は、個々の企業のマクロ経済へのインパクトが全て等しいことを前提にしている。逆に言えば、マクロ経済が特定の企業に強く依存していたり、マクロ経済のキーとなる企業が存在している場合には打消しの効果が十分に働かず、上記の議論は成り立たない。実際、近年の景気変動の研究において、以下の2つの企業レベルの観察事実が特に注目を集めている。1つ目は企業規模のバラツキが大きいことである。例えば、日本経済では売上10億円未満の企業が全体の95%以上を占めるが、売上最大の企業(トヨタ)の売上は10兆円を超える。2つ目は企業間の取引ネットワークについてである。つまり、取引ネットワークも企業毎に均一ではなく、多数の企業と取引関係を持ち、ネットワークの中心に位置するような企業が存在するということである。これらの観察事実は日本経済に限らず、他国においても広く観察されるが、近年の研究(例えば Gabaix (2011); Acemoglu et al (2012))で、このような場合にはショックの打ち消しあいの議論が成り立たないことが理論的に示されたのである。

では、このようなミクロショック起因の景気変動は、どの程度の大きさになるのだろうか?本研究ではこの問題に取り組んだ。特に本研究では、GDP成長率の標準偏差とテール確率について焦点を当てた(下図)。標準偏差は先行研究でも景気変動を測る指標として広く用いられているが、標準偏差は主に、"頻繁に発生する比較的小さな景気変動"(確率分布の中心部分)を測る指標である。一方でテール確率は、ごく稀にしか発生しないレアなイベントの確率、つまりGDP成長率が大きく変動する確率のことであり、景気変動の分析において最も関心のある部分である。本研究ではこの2つの景気変動に関する指標とミクロショックとの関係を分析し、かつ日本経済の企業レベルのデータを用いることで、ミクロショック起因の景気変動の大きさを定量化した。

図

分析の結果、GDP成長率の標準偏差とテール確率の両方とも、企業売上のバラツキ、特に最大企業の売上規模によって決まることが理論的に示せた。これに日本経済の企業レベルデータを当てはめると、標準偏差で見たとき、ミクロショックは年率0.6%程度のGDP成長率の変動を引き起こすことが分かった。 つまり、先行研究で議論されていたように、ミクロショックの打ち消しあいは不十分で、したがって無視できない規模のマクロ経済の変動が生じるのである。しかし一方で、GDP成長率のテール確率については、ミクロショックはほとんど何も影響を与えないことが分かった。言い換えると、日本経済の企業売上のバラツキ、特に最大企業の売上規模は、マクロ経済の大きな変動を引き起こすには小さすぎるのである。以上の結果は、ミクロショック起因の変動は比較的小さなものにとどまり(確率分布の中心部分)、ミクロショック由来のマクロ経済の大変動はないということを意味している。したがってマクロ経済が大きく変動する時には、それを引き起こすマクロショック(例えばリーマンショックやコロナショック)が必ず存在する、というのが本研究の結論である。