ノンテクニカルサマリー

非伝統的な金融政策と金融産業の将来

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「East Asian Production Networks, Trade, Exchange Rates, and Global Imbalances」プロジェクト

本稿は、世界金融危機後の拡張的な金融政策が米国の銀行セクターにどのように影響を与えたかを検討する。世界金融危機に対応し、米国の連邦準備(the Federal Reserve)は最初にフェデラルファンド金利のオーバーナイト物を2007年8月の5.25%から2008年12月のゼロへと引き下げた。そして、景気刺激のため、住宅金融機関の債券や不動産担保証券、より長期の国債を購入する量的緩和に踏み出した。こうした政策は、経済全体の回復を支える一方、銀行セクターに悪影響を与えた可能性がある。銀行は安全かつ短期の預金を受け入れ、それをリスクのある、より長期の貸出に転換する。より長期の資産から得られる金利と銀行が短期の預金に支払う金利の差分(純利息マージン)から銀行は利益をあげる。低水準の短期金利と圧縮された長短金利スプレッドは銀行の収益力を損なわせるだろう。Bernanke and Gertler (1995)は、銀行の収益力の低下が貸出を伸ばす能力を妨げうることを示した。

Bernanke (1993)は、銀行が貯蓄を有望な借り手に供給する特別な役割を果たしていることから、上述した事態は問題であると指摘した。金融市場は情報の不完全さに悩まされるものである。貯蓄者は後に資金を得られる約束があるから現時点で資金を提供している。返金を受けられるかどうかは、借り手の属性、投資の質、借り手が提供しうる担保、その他の要因に左右される。貸し手は、単に金利だけでなく、これらの事項を検討する必要がある。情報の非対称性は、質の評価がしにくい中小企業やその他の貸り手に対する貯蓄者からの資金の流れを阻害しうる。銀行は以下の3つの比較優位を有することから、不完全情報の問題を乗り越えうる。第一に、貸出の担当者が特定の産業に関する専門性を習得することによる「特化の経済性」。第二に、少額の貯蓄者よりも銀行は貸出の評価をより安価に行うことができる「規模の経済性」。第三に、より安価で貸出サービスを他のサービスと一緒に提供できる「範囲の経済性」である。

本稿は、より低い短期金利や長短金利スプレッドの縮小が銀行の収益力にどのように影響を与えるかを検討する。これを行うため、こうした変数が銀行株の収益にどのように影響するかを検討する。株価は、将来のキャッシュフローの現在価値の期待値であることから、価値ある情報を提供する。検討結果は、短期金利やスプレッドの低下が世界金融危機後の銀行株の収益の大きな低下を招いたことを示す。銀行はフィンテック企業や巨大なテクノロジー企業からの競争圧力にも直面している。世界金融危機後の銀行の業績は米国の他の部門に遅れをとっている。このことは、米国銀行株価指数におけるリターンを、米国株式市場全体におけるリターンに回帰した場合に説明のつかない部分(残差)を示す図1からも見て取ることができる。このため、銀行は景気後退や危機から生じうる負のショックに影響されやすくなっている。金融システムを通じた信用供与の流れを遮れば、最も有望な企業への資金の流れを妨げうることから、米国の連邦準備は自らの金融政策が銀行セクターに与える影響を考慮すべきである。資源の不適切な配分は長期の経済成長を阻害しうる。

図1:米国銀行株価指数を米国株式市場全体に回帰した場合の残差
図1:米国銀行株価指数を米国株式市場全体に回帰した場合の残差
出典:Datastreamのデータベースおよび著者による計算.